rio0523

ナポレオンのrio0523のレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
4.5
戦闘シーン全般がとてもよかったので絶対映画館で観た方が良い映画。凍った湖の上での戦闘シーン凄まじかった...

以下雑文
冒頭、マリーアントワネットの処刑とそれに熱狂する民衆、その中から処刑を眺めるナポレオンから始まる。次のカットでは議会に集まる民衆を避けナポレオンは二階に移動。冒頭からナポレオンの出世と絶対的権力の崩壊を予感させるようなシークエンスだ。
この時点で既に示唆されているがこの映画では、他者を一方的に支配するような超越的権力が、あらゆる支配されている人間との相互作用で実際成り立っており、これがいかに脆いかを示したショットが見受けられる。冒頭民衆の中、そして建物の二階に上がる一連のシークエンスは上の立場からの支配を象徴しているだけではない。ナポレオンの立場は超越的なものではなく、その権力は市民が存在しているが故に成り立っている事が示唆されている。
議員に武力で票を入れさせる際、ナポレオンが階段を上がるカットは後ろ姿を見上げるような画角になっておりナポレオンの権力が現れているものの、すぐ後のショットではナポレオンの後ろに銃を構えた兵士がずらっと並んでいる印象的なシークエンスがある。このシーンはナポレオンの超越的権力を誇示するシーンではあるが、同時にナポレオンに従う武力あってのことでありその権力は超越的ではないことが表されている。
また、(劇中でも明確にセリフにされていたが)ジョセフィーヌの存在がなければ(女性の存在がなければ)、子供を残すことができずその権力を安泰にすることはできない。男性権威主義的、超越的な権力がいかに超越ではなく周りとの相互作用で成り立ちそれがいかに脆いかを示した映画であった。これは権力を支える側の視点も同じであり、つまりナポレオンは「皇帝」としてその超越的権力で仕える者たちに相互作用を与えている。ある意味とても機能的な相互関係であるが故の脆さだろう。
しかし、ジョセフィーヌだけは、子供を産むという機能がなくとも存在を許された。同時にジョセフィーヌもナポレオンの皇帝の象徴である帽子を脱がせ、また帽子をナポレオンがジョセフィーヌに被せるシーンがあるように、「皇帝」という機能がないナポレオンの存在を許している。つまり、ナポレオンは映画内でジョセフィーヌだけが、「フランス」「皇帝」「権力」等の機能的な作用を脱ぎ落とした状態を見せることができる相手であった。
「フランス」は皇帝ナポレオンが支配するものであり、「陸軍」はナポレオン自身を皇帝として信奉し権力の相互関係に必ず必要な者であり、「ジョセフィーヌ」はナポレオンがナポレオンとして必要としていた存在だったのかもしれない。それが後者から崩れていく様を描いていく映画であり、何も残らず空っぽになったナポレオンはまるで風に吹かれただけで倒れたかのように亡くなる。
とても面白かったです。
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