わかうみたろう

緑の夜のわかうみたろうのネタバレレビュー・内容・結末

緑の夜(2023年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます


 画面内の緊張感が足りない。その一点に尽きる。サスペンスで麻薬というジャンル自体としては展開に複雑さがない。性的に暴力を振るう夫とのやり取り以降の展開は先が不安定で勢いがある一方、繫がりがぼんやりしすぎてる面もあり、観客が推測しなければならなくなる。しかし、推測しなくても引っ張れる撮影と編集のリズムがない。きれいな照明のシーンが多いが、カットが繋がる事で生まれる凄みにかけている。

 物語を明確に説明する必要は確かにないが、にも関わらず物語を越えて作品を作ろうとするふてぶてしさがない。麻薬を絡めたサスペンス、というジャンルが足枷になっているようにも見えた。それ故か物語を進めていく上での大事なキーポイントが記号に頼ってしまっていないか。額についた傷などそれ以上語る必要がない、語らなくてもわかる演出をしているが、ラストにかけては反対に記号に頼っている。多くを語らない事で一夜の友情で揺れ動く女二人の感情を描ききれたのではないか。

 記号的に犬、麻薬、ボーリングのライターが意味ありげに使われているが、詩的に表現するのであれば、物語を駆動させる仕掛けを言語的ではなく、よりこの映画ならではの独特の動きや映像の力で見せるべきだったはず。詩的な部分が、他の映画に似た詩的な印象があり、役者の組み合わせを活かしきれてないようにも思える。空港で働く表情に豊かさがない女と、緑の髪をした自由に動き回る女という役者二人の組み合わせが最大の魅力である。それを活かす撮影方法と別の物語の語り方はなかったか。もっと削ぎ落とした物語の語り方があったように思える。二人が近づいていく一夜を描く前に、空港で何度もすれ違っているようなシーン、緑の髪の女と彼氏の関係が気になる。

 最後の麻薬倉庫となっている場所に犬がいるシーンについては、実際に緑髪の女を助ける方が良かったのではないか。自身が犯罪をするときに緑の髪にしていたという、ファイトクラブのような設定も想像できるようになっているが、サスペンスの作りであるのに、緑の髪の女の存在を不明確にするのは違和感が残る。そこはラストの大事な展開で観客に委ねる部分ではない。実際に助け、その後に何らかの理由(おそらく男性社会による女性への抑圧という形で)で、二人が分かれることもできたはずである。それとも、生まれ変わることでしか緑の髪の女が解放されることはないことを示唆したかったのだろうか?

 主役の二人の話しに変わるが、シスターフッドとしては面白く、主役二人のやり取りは見ものであり、特にホテルと朝ご飯での空気感がよい。緑の髪の女が朝ご飯を食べてる横で、タバコをやたらと吸う空港で働く女。同じ空間にいながら遠い距離感、それだけで二人が別々のことを考えているのがわかる。近いようで遠い関係にはそこはかとない二人の孤独感があった。

 緑の髪の女は彼氏とどのようにコミュニケーションを取っていたのだろうか。奔放な性格である一方で彼氏の仕事で麻薬の運搬をしている、そこにあるリアルな感情が気になったが、映画ではあえて描写していない。「自由」を誰かが「代表」しなければならない場合、その人の苦悩をまじまじと見ることは出来ない。苦悩を覗いてしまえば自由は無いとわかってしまうから。自分でも知らなかった力を誰もが持っていると証明するためには、力を与えられた側、空港で働く女の解放を描くしかない。ラストで緑の髪の女を象徴する子犬と共に海に向かってバイクで走り抜ける疾走感にも自由を巡る重苦しさが残る。自由を手にした二人が目指せる場所がこの世ではない。自由を知ってしまった以上、男性中心社会には居続けられず、別の世界に向かう。たとえ先が真暗闇で予測ができなくてもも怖くない、相変わらず表情を変えずに手を広げる空港で働く女のプライドを一言で表せる言葉は社会には未だ無い。