YohTabata田幡庸

Horizon: An American Saga - Chapter 1(原題)のYohTabata田幡庸のレビュー・感想・評価

3.8
ケヴィン・コスナーが西部劇をやると知り、喜んだルームメイトに連れられて観に行った。正直ひとりでは観に行かなかっただろう。だが、映画史的な意味で、これを劇場で観た事は大事なのだと思う。

「大草原の小さな家」シリーズを彷彿とさせる、「古き良き」開拓史を、「古き良き」映画のゆったりとした時間の流れで描く4部作の第1章。
観終わって、大いに面食らったのだが、「American saga」「Chapter1」からその事を想起すべきだった。

本作を観て真っ先に頭に浮かぶのは、名匠ジョン・フォードやジョージ・スティーヴンス、ジョン・ヒューストンをはじめとする、かの偉大な監督たちの名前だ。役者ならジョン・ウェインやゲイリー・クーパーか。作品なら「アラビアのロレンス」や「風と共に去りぬ」等の大巨編大河ドラマを引き合いに出しても良いだろう。

「Civil War」評でも書いた事だが、9.11に端を発した一連の戦闘の記憶がない私としては、世界的な構図の変化はドナルド・トランプの米大統領就任、ブレグジットから始まった。その後、ミャンマーの軍事独裁、プーチンによるウクライナ侵略、イスラエルとハマスの戦闘と、私が生まれてこの方、ここまで世界がきな臭くなった事はなかった。ヨーロッパ各国では、極右政党が政権を取ったと言うニュースが絶えない。今や、欧米中心の世界の形が瓦解していると言っても過言ではない。

そして映画史は「風と共に去りぬ」をはじめとする作品が描いて来たその「古き良きアメリカ史」の再定義の時代に来ていると言っても良いだろう。昨年のスコセッシ作品「キラーズ・オブ・ザ・フラワー・ムーン」はその象徴的な作品だ。ノーランの「オッペンハイマー」も広い意味でそれに相当するだろう。

1990年「ダンス・ウィズ・ウルヴス」と言う西部劇で監督デビューしたケヴィン・コスナーは、今や、「古き良き」アメリカや西部劇を体現できる数少ない役者のひとりだろう。そしてそんな彼が、今の時代に本シリーズで語ろうとしている「アメリカ史」がどこに辿り着くのか、非常に興味深い。

現代、メイン・ストリームの映画は展開が早く、ブロック・バスターと言われる作品は「古き良き」映画の持っていた重厚感を欠き、そのテーマも描写も、見慣れた退屈な物ばかりだ。スコセッシ流に言えば「シネマ」ではない。
然しそれを物ともせず「今風でない」「流行りと逆行した」本作を作り上げた制作陣と監督ケヴィン・コスナーは勇敢だし、偉大だし、素晴らしいと思う。

役者はほぼほぼ知らない人々ばかりだったが、全員素晴らしかった。正直「アンタッチャブル」ではショーン・コネリーとアンディ・ガルシアの印象が強すぎて影が薄かったが、ケヴィン・コスナーは矢張りスターだ。出て来た瞬間に手を叩いて喜んだ。

音楽も素晴らしい。

撮影も影と光の使い方等が印象的だし、北米の大自然が美しい。今の時代、ここまで基本的に王道にやってキチンと物語を語れる物なのか。

物語が序盤も序盤で、この先どうなるのか分からないので、評価は確定しないでおく。
YohTabata田幡庸

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