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ウィル&ハーパーのhasisiのレビュー・感想・評価

ウィル&ハーパー(2024年製作の映画)
5.0
米国。
コメディアンで俳優のウィル・フェレルと、脚本家のハーパー・スティール。
彼らがニューヨークを皮切りに、アメリカを横断する17日間のロードトリップを行った記録。

監督は、ジョシュ・グリーンバウム。
2024年にNetflixで公開されたドキュメンタリー映画です。

【概要から感想へ】🚘🌎
グリーンバウム監督は、1970年生まれ。ニューヨーク出身の男性。
捨てられた犬が主人に復讐への旅にでるロードムービー『スラムドッグス』の監督。
テレビのシットコムでコメディを鍛えている。
2013年のNetflix『ショートゲーム』など、ドキュメンタリーも専門で、二大看板。

[ウィル・フェレル]
1967年生まれ。カリフォルニア州出身の男性。
コメディアンで俳優。
1995年から2002年までサタデーナイトライブ(SNL)に出演。

近年だと、
Apple TV+のクリスマス・ミュージカル・コメディ『スピリテッド』や、
『バービー』の社長役など、
この顔を見れば良作のド安定俳優。
ハリウッドコメディの顔。

明るくて優しい普通の小父さん。
男臭いわりに、マウントとりにこない女型で付き合いやすい。
グループに1人いると、場を明るくしてくれるので助かるタイプ。
マイペース。
誰とでも楽しく仕事できる分、噛み合った時の面白さには欠ける。

「小父さんの半生を振り返るドキュメンタリーか~。見れば分かるから、何も書くことないだろうし、スルーかなぁ」
と思えば、
友だちがトランスした話だった。

[ハーパー・スティール]
1961年生まれ。アイオワ州出身の女性。
作家。
1995年から2008年までSNLに脚本家として参加。
2022年、60才を過ぎてから性別移行を開始し、友人たちにカミングアウトしている。

地味、大人しい、繊細で、典型的な裏方タイプ。
ウィルとは眉間に皺が寄る繋がり。
ママと娘。
長年の付き合いだけど、気をつかう相手が、死ぬ時に後悔しないよう、一念発起。
性別の壁を乗り越えている。
トランスきっかけで距離が縮むのか? はたして。

🚗〈序盤〉🗽🏀
ロードトリップ。
トイレ探すだけでも大変なのに、初期段階から無茶するわ~。
しかもアメリカ。
敵対する者への攻撃は本物志向。
フロリダ州の「Don't Say Gay法」に代表されるように、LGBTQ+に風当たりが強い地域も多い。キリスト教原理主義者に遭遇すると命の危険も。
リアルPVP。
ウィルの「友達を守らねば」な、母性本能にも火がつく。

身内にトランスを報告してゆく旅。
関係に年期が入っているので、リアクションが深い。
コメディ業界なので、アドリブで笑いに変換してくる。
笑って泣いて忙しい。

ハーパーが繊細な部分にためらいなく踏み込んでくる。
答えを間違えられないウィルの緊張が伝わってくるようだ。
(震える)

🚗〈中盤〉🥩📱
事前に「旅のしおり」のように企画を用意してくれているので、安心して楽しめる。
山積みの荷物で、まるで四次元ポケット。
2人旅が不安なシナリオライターの事前準備が万全でわくわく。

新人ハーパーが、トランスジェンダーの先輩に会いに行く。
旅のついでに寄ったにしては、深い。
地獄を潜り抜けてきたのだろう、
言葉に厚みがあって圧倒される。
やっぱり表現者にとって人生経験って大きい。
(ちゃらちゃらして、苦労知らずだと、言葉が軽くて白けるもんなぁ)

🚗〈終盤〉🍩🎇
2週間を越える長旅をぼ~と眺める。
終盤に行くほどにだらけてゆき、もうまとめていいかな、と油断した辺りで、
トランスの根本を叩きつけてくる。

旅の終わりへ。
純粋。
悩み、願望、現実。まるでトランスを代表しているかのように癖がなくて、
普遍的な内容に。
答えがない。
辛くて涙なしには見られない。
こんなに映画的で残酷に仕上がるものかと驚かされる。

ウィルがいてよかった。
とんだ地獄めぐりになるところだった。

【映画を振り返って】🌅🍻
崖から飛び降りるようなもの。
芸人が命がけで取り組んだ一大プロジェクトだから、そりゃ面白い。
性別移行した人達にしか見られない景色。語れない言葉がある。

言葉のラリー。
中盤には昔の関係にもどったのか、ウィルの緊張がすっかり解け、会話の主導権が時々入れ替わる。
持ち前の好奇心の強さで、トランスの影響力や、現在の心境について聞きたがる。
自然とインタビューアーとしての役割を果たしているから、視聴者的には助かった。

🎭トランスフォビアのコントラスト。
旅が南部へと進むほど差別の色は濃くなるが、
同時にリアルとSNSの温度差も感じられた。

少し話は逸れるが、Filmarksでも一部の信者が高評価しまくり。同調圧力に弱い日本人らしく、ライト層が低い点数をつけられないか。あるいは、無言の抗議の意味で点なしにするか、のような現象が起きる。
1人で複数のアカウントが作れたとしても、IDで同一人物だと認識できるようにしないと、状況は改善されない。
インフルエンサーが影響を与えるのならともかく、
ほんの一握りの人間が集団を装う特殊な文化は終わりにしたい。

⚙️歯車。
ハーパーの投げかける言葉。疑問や訴えに対して、ウィルが話題を変えたり、「愛してる」「綺麗だよ」でごり押ししてくる古さが気になった。
向けられる愛情の強さで、ハーパーは満足し、感謝している様子だったけど、
それが本心なのか、映画を盛り上げるための社交辞令なのかは分からない。

自分の過去と向かい合う旅もいいけれど、同じ痛みを共有できるコミュニティに所属する方が急務に思えた。
映画を通して、この世界がいかに男社会で、性別移行が自分から不利な立場に飛び込んでいく行為なのか分かる。

法的に女性と認められても、実際はトランスという少数のグループにカテゴライズされるので、その風当たりの強さといったら、想像を絶する。
男性である有利性を存分に享受してから、少数派に移行するのだから、精神が耐えられる方が特別に思えた。

それにしたって、ハーパーのダイブは大胆すぎる。
少なくとも、初期段階はカミングアウトや、女性の格好をして街に出るなどして、世間の風を経験した方がいい。
カミングアウトと性別移行を同時にするなんて無茶は、大切な周りの人達にも負担がかかる。
(自暴自棄だったのかも)

🚶旅の途中。
いままで考えた事がなかったけど、教育によってウィルのように差別しない人間を1人でも増やさないといけない、と感じた。
自分と形が違うからって、相手を攻撃する社会はあまりに幼稚だ。
いまはまだ答えが見つからないけど、
これから彼女、彼らへの接し方が変化するのは確か。
トランスの経験を提供し、ちゃんと向き合わせてくれた本作に感謝して。
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