こん

イカとクジラのこんのレビュー・感想・評価

イカとクジラ(2005年製作の映画)
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とても面白く、好きな映画だった。






【以下ネタバレ感想】

なぜか、「かつては売れっ子だった男性作家が、近年小説が売れてる妻に嫉妬し、夫婦中に亀裂が入る…」という成人男性のマスキュリニティについての映画だと思っていたけど、それはほんの一要素でしかなかった。

この映画の良かったところは、10代後半の少年が父と自分の同一視をやめ、自我を確立しようとする過程を、丁寧な描写と意外な比喩を用いて描いていたこと。

16歳の長男ウォルト(ジェシー・アイゼンバーグ)は、かつては人気作家だった父を羨望の眼差しで見ていて、父の(かつての)栄光を自分の栄光だと思っていたり、父のモノの見方をそのまま自分の意見として彼女に語るなど、いまだ自分の価値観が確立しておらず、(ウォルトにとっては)完璧な存在である父と自分を同一視していた。
しかし、教え子には手を出さないと語っていた父がウォルトが気になっている20歳の教え子に手を出していたことや、自分の良かった思い出に(反抗期や父の影響で疎ましく思っている)母は出てくるが父が出てこないことなどを通して、父親が唯一の正しい存在ではないことを知っていく。
この一連の描写はとてもリアリティがあり、説得力があった。20歳から飲食代を受け取ったりお使いのお金をけちる描写で父の栄光が過去のものだと念押ししてくるし、ウォルトが学芸会で盗作をオリジナルとして発表するくだりは父を見て肥大した自意識と現実とのギャップからの行動としてとてもよくわかる。

そして、上記のウォルトの変化を、イカとクジラのエピソードを使って表現しているのが上手いと思った。
題名にもなってるイカとクジラは、博物館にある巨大な戦うイカとクジラの展示に由来していて、これは離婚して争う父と母の比喩になってる。
ウォルトは、小さい頃はこのオブジェを怖くて直視できず、指の間から少し見ただけだったことを語るが、ラストシーンでは堂々と直視する。これは、それまでは(指の間の細い隙間からみるように)父と母の一部分しか見れてなかったし、見ようとしなかった(チキンだった)が、ラストでは親を他者として見れていることを意味する。
めちゃくちゃ上手な比喩だと思ったし、自我を確立することは他者を他者として認識する=見れることでもあるから、ぴったりだと思う。

他にも、芸術家の葛藤や親と子の在り方など色々な事柄がリアルに描かれていて非常に多面的な映画だと思う。


*16歳の少年ウォルトを、当時21歳のジェシー・アイゼンバーグ(『ソーシャル・ネットワーク』のマーク・ザッカーバーグ役で有名)が演じてることもあり、映画を見てるときはウォルトは「青年」との印象が強かった。
*描写されてる恋愛観についてもちゃんと考えたい。

21年102作目
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