ユウサク

エブリボディのユウサクのレビュー・感想・評価

エブリボディ(2023年製作の映画)
5.0
RBGやパウリ・マレーのドキュメンタリーを制作したジュリー・コーエンの最新作でインターセックス当事者のドキュメンタリー。

冒頭からアメリカンなロックに合わせて、赤ちゃんが男性か女性か発表する儀式(なんか名前がついてた気がする)の映像がダイジェストで流れる。そこにある色は常に「青」か「ピンク」。たくさんの人の歓喜の様子からバイナリー規範の強さがアイロニカルに伝わってくる。「青」でも「ピンク」でもない身体で生まれてくる人たちのことを考えたことがあるか。

意思決定権を持たない時点で「正常」な身体にするための手術を受けさせられたサイファ、アリシア、リヴァーの3人。その痛みは想像を絶する。そのうえ異端の人間として蔑まれ、権利を奪われる。カムアウトにも危険が伴う。
ジョン・マネーという自称性科学者が犯した罪。インターセックスは「矯正」できると、メディアにも多数露出し、誤った理解を広め、研究結果を捏造した。
その被害者デイヴィッド・ライマー。男性器を持って生まれたが、割礼の儀式で損傷。ジョン・マネーが「女性として生まれたことにすればいい」と同意のない手術を行い、女性として無理やり育てさせた。その後再建手術で人工男性器を獲得、女性と結婚し養子も3人いたが39歳で自死を選んでしまった。本当に恐ろしい話。
このようなプロセスを経た彼の症例が未だに引き合いに出され、子供たちへの手術に利用されている。サイファ、アリシア、リヴァーの3人はこれの禁止を求めるアクティビストとしても活動している。活動は米国のみならず、ダブリン、ナイジェリア、チリ、アムステルダム、クロアチアなど世界中に波及している。
もちろんインターセックスはトランスジェンダーとも連帯する。トランスジェンダーが自分の意思で性別適合手術を受ける権利と、インターセックスの子どもへの同意無しの手術の禁止を求める訴えは矛盾しない。アリシアはテキサスでの「トイレ法案」が通過するのを阻止するため、自身の体験を公にし、廃案に寄与した。
ラストは全てのインターセックスを祝福するカーテンコール。スタッフ一人一人を蔑ろにしない作り手の姿勢も見えた。

デイヴィッド・ライマーに関するパートは過去に制作されたドキュメンタリーをそのまま流すような形なんだけど、このドキュメンタリーの作りが時代なりにというか、本人のメンタルよりも番組としての面白さを優先してるかのような構成・編集で、メディアの罪もゼロではないのでは?とは思ってしまった。
あと最後にインターセックスに言及した大統領・政治家としてバイデンとペロシが出てきたところは鼻白んでしまった。虐殺の首謀者みたいなもんなので。

日本語字幕に関して。ほぼ全ての出演者にプロナウンスが表示されるので、「僕」「私」などの一人称はそれに合わせつつ、かといって「〜だわ」「〜かしら」のような役割語は使わずに平易な語尾にしていたのが好印象。ただhe/himが「男性」、she/herが「女性」なのはともかく、they/themが「中性」で訳されてるのはいいのかな……?とは思った。字数制限は承知しているけど日本での「中性(的)」という言葉の使われ方を鑑みると適切でない気もする。そのままアルファベットで字幕にすれば良かったのではと思うし、たとえば彼人(かのひと)とか 、they/themに妥当な日本語を思案・創作してる人は見かけることがあるので、字幕の翻訳業界でもそういう試行錯誤はより丁寧に行われるべきだと思う。
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