衣川正造

爆音の衣川正造のレビュー・感想・評価

爆音(1939年製作の映画)
5.0
 ファーストカットはクレジットの出ている間一度も切られず、バス(運転手)からの主観ショットでのどかな田舎道が見せ続ける。道路の真ん中で牛が通せんぼうをしているのでバスはとまざるをえず、運転手は「もしもし、どいてくれませんか」と牛に話しかける。のどかでユーモラスな冒頭はこの映画にぴったりだ。
 その夜軍人となった長男から電報を受け取った村長は、翌日朝から、息子が今日飛行機で村の上空を飛びに帰ってくるのだ、と自転車でふれまわる子煩悩ぶりをみせるが、その姿にいやみはなく微笑ましい。農作業をしながら耳を傾ける村人たちも子供のように驚き喜ぶ。彼らは飛行機など見たことがないのだ。村の平和な一コマである。なんと「おはよう」という村長の挨拶に案山子やアヒルや地蔵までもが応える。彼らも村の一員なのだ。
 あぜ道を自転車に乗った村長の後ろを子供たちが追いかけながら「いーまは山中いーまは浜……」と合唱する一景はゆったりした田園風景をとらえるのにロングショットと長回しがいかされた名シーンだ。
 そしてついに爆音が聞こえてきた。飛行機が来たのだ!
 家の中にいた人は皆外に出、田畑にいる人は農作業の手を止め、校庭にいる児童たちは輪になる。村人全てが見上げている。アクロバティックな飛行を繰り返す飛行機は下からの視点を守り続ける。交互に映し出される村人たちの顔、顔、顔。子豚、牛、アヒル、鶏、犬、泣いている赤ん坊。爆音は鳴り響き続ける。その間15分弱、観ていて不思議なほど飽きないのは、映画を鑑賞しているはずの我々もいつのまにか村人と同化してしまっているからだ。
 「爆音」は当時流行ったいわゆるドキュメンタリータッチだが、そのタイトルとはおよそ対照的な村の風景をたっぷりとりいれながら、村人たちの愛すべき騒動を描くことに成功しているばかりか、ファンタジー性まで一体となった名品である。