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帰らざる夜明けのukigumo09のレビュー・感想・評価

帰らざる夜明け(1971年製作の映画)
3.3
1971年のピエール・グラニエ=ドフェール監督作品。彼はIDHEC(高等映画学院)卒業後10年ほどをマルセル・カルネなど伝統的なフランス映画の監督たちの元で助監督をしながら映画を学んでいる。1962年に『Le Petit Garçon de l'ascenseur』で長編監督デビューする。60年代といえばヌーヴェルヴァーグのゴダールやトリュフォー、シャブロルたちが頭角を現し始めた時期だが、彼らが批評家出身で助監督経験無く映画を撮り始め、映画に革命をもたらしたのに対し、グラニエ=ドフェールは助監督としての経験を積んでいて、その堅実で職人的な作風が特徴だ。この作風にぴったり合ったのがジョルジュ・シムノンの原作だろう。本作『帰らざる夜明け』もシムノン原作だが、その前作『Le Chat(1971)』もそうで、口も利かなくなった熟年夫婦の静かな戦いをジャン・ギャバンとシモーヌ・シニョレが演じており、その年のベルリン国際映画祭ではこの2人が男優賞と女優賞をそれぞれ獲得している。その後もグラニエ=ドフェールはシムノン作品の映画化やメグレシリーズのテレビドラマを手掛けるなどシムノンとの相性の良さが感じられる。

冒頭、緑の田園と運河が印象的な田舎の町を空撮で捉え、フィリップ・サルドの哀切なメロディが重なる。一本道にバスが停車し中年のタティ・クーデルク夫人(シモーヌ・シニョレ)が出てくる。バスの上部に置いていた石油孵卵器を運転手の手を借りて降ろすと、そこを通りかかった男ジャン(アラン・ドロン)が重い孵卵器を彼女の家まで運ぶのを手伝ってくれる。彼女は死んだ夫の父アンリ(ジャン・ティッシエ)と暮らしていて彼女が一人で農園を切り盛りしているが、ジャンが仕事を探しているということで、草刈りなどを手伝ってもらうことにした。3日間という話だったが寡黙で仕事熱心なジャンはいつしかここに住み着くようになる。運河を隔てた反対側にはタティの夫の妹夫婦が住んでおり、農園の事やアンリの事でタティと揉めていて犬猿の仲であった。アンリはもうかなりの老齢ながらタティに夜の相手を求めているのだが、ジャン来たことで相手をしてくれなくなったと思い込み、妹夫婦にジャンが前科者であると漏らすのだった。
タティは次第に男としてのジャンに惹かれていく。それは彼が以前殺人を犯し、脱獄囚であるという本性を知ってからも収まることなく、むしろ熱が高まっていく。一方ジャンは妹夫婦の16歳の娘フェリシー(オッタビア・ピッコロ)と出会い親密になっていく。若い娘と草むらで抱き合うジャンと彼の帰りを新調したネグリジェを着て待つタティの残酷な対比はその後の悲劇を予感させるだろう。

本作は大人の恋心や嫉妬心をきめ細やかに体現するシモーヌ・シニョレが文句なしに素晴らしい。アラン・ドロンは彼のボディガードが殺されるというマルコヴィッチ事件以降犯罪者扱いされ、人気も急落したがその危うげでダーティーな魅力は本作に大いに貢献している。
1934年という政治的動乱の時代背景を新聞のスタビスキー事件の見出しで提示するなどグラニエ=ドフェールの職人的な上手さも随所にうかがえる。冒頭の孵卵器が話の後半修理され使用できるようになり、さらにそれが終幕にも関わってくるという小道具の使い方や、運河にかかる跳ね橋などのロケーションまで丁寧に計算されて作られた作品なのでじっくり味わいながら楽しみたい映画である。
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