慢性眼精疲労でおます

レバノンの慢性眼精疲労でおますのレビュー・感想・評価

レバノン(2009年製作の映画)
3.7
「存在のない子供たち」のパンフで引用されてたので鑑賞。寝起きで朝食食べながら。

ありえないぐらい間抜けなイスラエル軍の素人兵4人が戦車の狭い狭い室内で各人のチンケな自尊心にこだわるあまり揉めてばっかりいて全然役に立たず、結局最後まで役に立たない話。コメディーではない。

冒頭出てくるスローガン"Man is steel, the tank is only iron(人間は鋼であり、戦車は鉄に過ぎない)"はまるっきり本作の登場人物への皮肉。

感想は「戦争って地獄だな」というよりも「戦争みたいなただでさえしんどい状況でこんな奴らと組まされたら地獄だな」という罰ゲーム的悲惨さをしみじみと感じる仕上がりになっていて、監督が伝えたかったことがなんなのかはよくわからないけど、もし自分がその場にいたらどんな感情になってどんな行動をするかを想像しやすい臨場感に優れた作品。

1982年のレバノン戦争戦線が舞台。カメラはずっと戦車内にあって、外の様子はスコープを通してのみうかがい知ることができる。監督がレバノン戦争へ出征した経験を踏まえて本作を作ったからそうなってるけど、観る側としては、絶対にレバノンじゃなきゃダメかというとそうでもない。

レバノンで内戦〜戦争が起こった背景にはキリスト教とイスラム教の宗教的対立があり、イスラエルは元々当事者じゃなかったのに近所だから巻き込まれた感がある。本作にもその雰囲気がありありと反映されていて、敵軍捕虜へ向ける感情を戦争の当事者であるファランヘ党員と対比することで立場の違いがよくわかる。

ちなみに捕虜のシリア人も巻き込まれた人の一人で、巻き込まれた人どうしは、そもそも言葉が通じないせいもあるけど、なんだかよそよそしい。

イスラエル軍がジュネーブ条約を破って白リン弾を使用したのは第二次レバノン戦争のときで、2006年らしい。劇中にも白リン弾が出てきて「必要なら使え」と指示されるので、もしそれが事実を踏まえた描写なら、ひょっとするとスクープ性があるのかも知れない。

その部分がまったくのフィクションなら差し込む意味がよくわからない。というのも史実通り劇中で白リン弾の出番はないし、白リン弾の非人道性(破片に触れるだけでも骨まで溶けるような高音で、ひどいやけどを負う)の是非について登場人物が葛藤するようなこともないから。4人ともずっとテンパっててそれどころじゃない。

設定のツッコミどころは少なからずある。自分のような、幸いにも戦争を身近に感じることが一度もなくミリオタでもない人間でも「あれ?」って思うので従軍経験者の監督が見落とすはずもないのに放置されてるのは謎だ。

例えば戦車のハッチを外から自由に開閉できていいのか?とか砲撃用のスコープで民間人を眺めるのはともかく味方とか動物の死体とかを悠長に眺めてていいのか(常に周囲を警戒してないとだめなんじゃないの)?とか。

別に戦車について詳しいわけじゃないから細かい粗をいちいち気にしなければ疑問によるフラストレーションを克服して最後まで観られるんだけど、こんな穴だらけでもベニスで金獅子獲れるの?という疑問は残る。

4人の中でおそらく2番目に役立たず(押しも押されぬ1番は指揮官=4人のリーダーのアシ)なシムリック(砲撃手)が堰を切ったように語る、父親が死んだときのエピソードトークが面白い。要は陰嚢がずっしり重くなってムラムラが抑えきれなくなった男どもがガス抜きのためにするエロ話なんだけど、真実味があって良い。誰かの体験談をもとにしてるんだろうな。

そんな肉親が死んだ悲しみより性欲が優ってたシムリックなのに、他人を殺す罪悪感には腰が引けてしまって砲撃手として全然役に立たない。結果味方に死傷者が出てもそれを気にする様子がないから、シムリックがおそれてるのは戦争で人が死ぬことじゃなくて自分が手を汚すことだとよくわかる。

指揮官のアシも妙にスカしてて、クルーに指示を出さないといけない立場なのにモゴモゴして話の途中で自己完結してしまい、何も決断しない。そのくせ上官相手には「自分がこの戦車の指揮官だから、指示伝令は自分に伝えろ」とどうでもいいアピールをしたりマウンティングに余念がない。自分含む(!)チームの安全<自尊心。

「人間くささ」ってなんだろうとちょっと考えてみると、倫理観がちょっとおかしくてそれがズレた優先順位のつけ方になって表れることがひとつの解なのかもしれない。

この映画を低評価する人たちはそんな煮え切らない主要登場人物とか、設定の粗とか、終始小さなスケールで展開する結果いわゆる「戦争の悲惨さ」を描き切らないプロットとかに腹を立ててるんだと思われそれはよく理解できる。

でも、僕みたいな平和ボケ人間が謙虚な気持ちで観ると、最初に書いた通り臨場感があって充分楽しめた。