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大追跡のukigumo09のレビュー・感想・評価

大追跡(1965年製作の映画)
3.9
1965年のジェラール・ウーリー監督作品。1940年代から50年代あたりまで俳優として映画に出演していたジェラール・ウーリーが長編監督デビューしたのは1959年の『熱い手』。その後多くの作品を撮るが、ブールヴィルとルイ・ド・フュネスという2人の喜劇役者が共演した本作『大追跡』が大ヒットし、コメディ作家の地位を不動のものにする。再びブールヴィルとルイ・ド・フュネスを起用した『大進撃(1966)』は、ハリウッド古典の名作『風と共に去りぬ(1939)』を抜き、フランスでの史上最高の興行収入を獲得した。この記録が破られるのはジェームズ・キャメロン監督の『タイタニック(1997)』まで30年ほど待たなければならないというのだから凄まじい大ヒット作品である。

大ヒットメーカーとなったジェラール・ウーリーの作品は何故か邦題に「大」の字が使われるようになり、1969年には『大頭脳』という作品を撮る。この『大頭脳』はブールヴィルに加えて、ジャン=ポール・ベルモンド、デヴィッド・ニーヴン、イーライ・ウォラックという国際色豊かなスターを起用し、それぞれの個性を活かしたコメディ大作である。しかしブールヴィルとルイ・ド・フュネスの共演作である『大追跡』や『大進撃』の方が、2人の絶妙な掛け合いによるコンビネーション的な笑いや滑稽な動作による笑いなどバリエーションが豊富にあるのでコメディの純度は間違いなく高い。

気のいいパリの小市民マレシャル(ブールヴィル)は車に乗ってバカンスに出かけるとすぐに追突事故に遭い、車を大破させてしまう。かなり古くボロボロなシトロエンとはいえ、車同士の衝突とは到底思えないようなド派手な車の壊れ方で外れたハンドルを握ったまま呆然と立ち尽くすマレシャル、映画としてつかみはオッケーといったところだろう。事故の相手は貿易関係の会社の社長を名乗るサロヤンという人物だ。サロヤンは事故のお詫びにと、ナポリからボルドーまでキャデラックを使った旅行を提供すると申し出る。しかし実はこのサロヤンという人物の裏の顔はギャングの親分で、キャデラックのバンパーの中やシートの下などいたる所に麻薬や宝石が隠されており、マレシャルを密輸の運び屋にする魂胆であった。そんな事とはつゆ知らず意気揚々とナポリに到着したマレシャルの旅は始まるのだけれど、おとぼけマレシャルは港で早速車をぶつけてバンパーを凹ませてしまう。そんなおとぼけのマレシャルがブツをきちんと運ぶかサロヤンと2人の子分は追跡し、彼らの商売敵であるイタリアマフィアも追ってくる。かくして追跡に追跡が重なる大追跡が始まるのだが、途中マレシャルがイタリア人女性ジーナ(アリーダ・ケッリ)と仲良くなると、彼女のフィアンセまで追いかけてきて三つ巴どころか四つ巴状態になるというハチャメチャぶりだ。

この映画はパリやナポリだけでなく、ローマやピサといった観光名所を駆け抜けながらギャグを連発するのだが、ヌーヴェルヴァーグの監督たちと組んでその名を馳せた名カメラマンのアンリ・ドカエが切り取る風景や表情はどれもこれもバッチリ決まっている。そこにトリュフォー作品でお馴染みのジョルジュ・ドルリューの音楽が加わるのだから贅沢の極みである。

また、当時としては一般的であったり最先端であったりと思われる車載電話や車載レコード、気送管郵便がギャグとして用いられているのも興味深い。今ならスマホ一台で事は足りてしまうのだけれど、手間と時間が掛かる分ユーモアが醸成され、スマホにはない味わいが生まれている。

もちろん一番すべきは個性豊かな主演2人だろう。小柄で癇癪持ちのサロヤンが修理工に壊れた車を持っていき、なぜか自分で修理を始める場面では、台詞の音は抑えられサイレント映画風になる。子分たちを怒鳴り散らす様はチャールズ・チャップリンの『独裁者(1940)』の彼を、また黙々と修理する様は『モダンタイムス(1936)』の彼を思い出させるようなパントマイム芸を見せてくれる。

ヒステリックなサロヤンとのんびりおとぼけのマレシャルは同一画面上にいなくても、それぞれがいるシーンを繋げるだけで、緊張と緩和、ボケとツッコミが成立するような絶妙な関係性だ。追跡という本作の性質上あまり多くはないのだが、彼ら最強コンビが同じシーンに登場しただけで抱腹絶倒間違いなしである。
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