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人情紙風船のNoriDのレビュー・感想・評価

人情紙風船(1937年製作の映画)
3.8
山中貞雄の甥、加藤泰の『人情紙風船』の話を読んでいると、学生時代観たこの映画がまた違ったものに思えてくる。
河竹黙阿弥の『梅雨小袖昔八丈』、通称「白子屋お熊」として知られる歌舞伎をもとに三村伸太郎という人が、映画の脚本にした。それは非常にロマンティックな内容だったそうだ。しかし、それを読んだ山中貞雄は「僕にはこうとしかとれない」と言って、こんな映画にしたそうだ。
そこには、新たな人物=浪人夫婦が姿を見せる。とにかく、どうしようもないほど落ちぶれ、見捨てられている。そんな彼らの取柄はもっぱらマジメ。武士としての意地だけは捨てずに持っている。しかし、少しのもめごとでその意地さえもなくしてしまう。生きる道を亡くした二人。
そんなロマンスとはかけ離れた非常に切ない話。これは、戦争の影響、つまり日中間のいざこざが本格化してくる時代の予期を時代劇に反映させたものかもしれません。情緒ある長屋、そこにどたばたの騒動。見はなされ、巻き込まれる人間。これをロマンスの脚本からこんな形にし、今なお素晴らしく伝えられる本作の奥ゆかしさ。
ついに、三村伸太郎はなぜこうしたのか山中貞雄に聞けなかった。徴兵され、亡くなった天才・山中貞雄。それを受け継ぐようにあらわれる加藤泰。
学生のときに見た素晴らしい作品は今も素晴らしいが、自分のなかで少しずつ姿を変えていく。そういう瞬間が面白い。
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