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ゆきゆきて、神軍の文字のレビュー・感想・評価

ゆきゆきて、神軍(1987年製作の映画)
4.8
 この作品を見るたびに、「凡庸な悪」という言葉が想起させられる。

 作品中において奥崎の元上官は、凡夫のように眼に映る。彼らが犯した禁忌は、果たして彼ら自身のリビドーによるものだったのだろうか。彼らの根源的な人間性に欠陥があったのではなく、当時の外的規範に盲従しなければならない例外状態にこそ主たる要因が存するのではないだろうか。道徳という思想は自身の実存が脅かされる例外状態に適用されるものではない。人権などという概念は力のないふやけた思想である。ビオスを喪失した当時の彼らを誰が断罪できるのだろう。例外が規範となった世界において、彼らの真の声を聞くこと、反証することは絶対的に不可能であるように思われる。

 その一方で同時に、元上官が「ふつう」に見えるからこそ、本当の悪とは平凡な人間が為す悪であるといった考えも同時に生まれる。そのような「凡庸な悪」を見過ごさず、自身の正義に基づいて元上官に迫る奥崎には脱帽する。当時そういった責任の所在が不明瞭な罪を追求し続けた人は彼をおいて他にいただろうか。禁忌の告白をした者は、奥崎のまっすぐな姿勢にある種のうしろめたさを感じたのではないだろうか。逆説的だが、元上官が凡庸であるからして示唆に富んだドキュメンタリーとなっている。

 歴史の行間で見過ごされつつあった戦争が齎す狂気を描いた作品である。どの時代に見てもこの作品は視聴者に問いを与えるだろう。その意味でこのドキュメンタリーは記録映画ではなく、奥崎謙三という一人の人間の個別的生を描く文学的側面が強い。
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