パングロス

歌舞伎十八番鳴神 美女と怪龍のパングロスのレビュー・感想・評価

2.8
◎前進座の河原崎長十郎と乙羽信子による鳴神

1955年 東映京都 99分 モノクロ スタンダード
*画質、音質とも良くない。アフレコずれあり。

歌舞伎俳優は全て松竹所属と思っている人も多いと思うが、前進座は、1931年に歌舞伎の門閥制に異を唱えて松竹から独立し、今も現代劇とともに歌舞伎を上演し続けている。
その「七人の侍」と呼ばれた前進座創設メンバーの一人で、後に座頭となる四代目河原崎長十郎は、江戸三座の控櫓河原崎座の座元の家柄にありながら熱心な共産主義者でもあった。
昭和生まれにとっては、テレビのホームドラマで優しいパパ役が多かった河原崎長一郎さんの父親だと言った方が分かりやすいかもしれない。
その長十郎が得意の鳴神上人を演じた前進座創立25周年を記念して製作された映画。

【以下ネタバレ注意⚠️】






冒頭、今も京都南座の年末恒例の顔見世興行でお馴染みの「まねき」風のキャスト、スタッフクレジットが出たあと、芝居小屋前での座元の口上があり、すぐに小屋のなかの景となる。

花道が現在の舞台下手側に直交する形ではなく、舞台中央やや左手に斜交し、揚幕も客席の背後ではなく、下手側の壁面に開く江戸時代の古い形を再現している。

舞台では、大内(おおうち、大内裏)の場で、関白基経(嵐芳三郎)、早雲王子(河原崎国太郎)、小野春道(瀬川菊之丞)、文屋豊秀(東千代之介)らが登場し、豊秀らが舞を披露する。
すると、花道を、旱魃に苦しむ百姓らが群参して天子様なら雨を降らせて欲しいと訴える。

大臣らは必死になだめるが、百姓たちは聞き入れない。
ここで、舞台は、芝居小屋から実写の大内裏に変わる(平安神宮や寺院の回廊などを組み合わせてロケした模様)。

つまり、プロローグは、歌舞伎の舞台に始まるわけだ。
そして、物語のラスト、雲の絶え間姫によって破戒して龍神を封じ込めた注連縄を断ち切られたことを知った鳴神上人が赤い隈取のある「荒れ」の扮装に変化するところから再び歌舞伎の舞台に戻る。お決まりの荒事の演技をたっぷり見せて、大荒れの飛び六方で花道を駆け抜け、揚幕に飛び込んだところで、「終」が出る。

要は、最初と最後を歌舞伎の舞台で演じ、真ん中のアンコの部分を実写で演じるという構成だ。

冒頭の芝居小屋前の「まねき」に、「鳴神不動北山桜」と表示されているように、「鳴神」の段を含む、本来の通し狂言に一応準拠はしている。

しかし、現在しばしば上演される歌舞伎の「鳴神不動北山桜」は、1967年に二代目尾上松緑が復活上演して以降、何度か形を変えて上演されて来たもの(*3)。
つまり、この映画が製作された1955年時点では上演が江戸時代以来途絶えていたのである。
だから、早雲王子ら、登場人物は原作から借りて来てはいるが、上演頻度が高い「鳴神」の段以外は、ほとんど映画のための創作に近いと言っていい。

ところが、この「鳴神」以外の部分がまるで面白くない。

立ち話で要件を済ます関白基経は、ダメ上司を絵に描いたような凡人ぶりだし、何やら皮肉屋を気取る早雲王子も原作の怪奇さもなく小人物にしか見えない。

天下の二枚目、東千代之介演ずる文屋豊秀も(舞踊の家元になったそうだが)舞も変な感じだし、無能な色男でしかない。

安倍晴明(高松錦之助)に至っては、当代一の学者だと嘯きながら、『遊船叢』の漢文が読めないと白状する、文字通りの無知無能ぶりをさらけ出す始末だ。

『悪魔くん』のメフィストこと、怪優吉田義夫が、比叡山の悪僧遠真を演じていたが、一切セリフなしで、出オチ扱いだったのは笑えたが。

前進座総出演に、二枚目スター東千代之介が加わっても男優陣はこぞってパッとしない。

そのなかにあって、唯一、気を吐いていたのが、歌舞伎とは無縁の乙羽信子の雲の絶え間姫。

上映館である京都文博の解説に言う「いわゆるアプレ女性として登場」させた前半よりも、通常の「鳴神」の段に入って、手練手管で上人を堕とすシーンが台詞回しといい、下品にならないギリギリの線で裾をまくって素足を見せたりする色気とのバランスといい、素晴らしかった。

鳴神上人は、長十郎の十八番だそうだが、素の総髪の修行僧姿では、高僧らしい威厳は感じられなかったが、「荒れ」の扮装に変わってからの荒事の演技の方は流石に本寸法で良かった。

同じく歌舞伎十八番の『勧進帳』を映画化した黒澤明の『虎の尾を踏む男たち』(2024.5.14レビュー)も成功作とは言い難かった。
本作も同様に、完成された形の様式美を味わう種類の歌舞伎劇を選択したことで、映画化自体のメリットがほとんどなかった好例と言うしかない。

歌舞伎劇を原作とする場合でも、『忠臣蔵』や近松らによる世話物では、数々の優れた映画作品が産まれている。
それは、元の物語自体にリアリズムがあったからで、そもそも『勧進帳』や『鳴神』なら映画ではなく歌舞伎を観れば良いだけのことだ。
映画が全てにおいて万能ではない、ということの証明がここにある。

《参考》
*1 「美女と怪龍」で検索
ja.m.wikipedia.org/wiki/

*2 歌舞伎十八番 鳴神 美女と怪龍
1955年10月3日公開、99分、時代劇
moviewalker.jp/mv24367/

*3 食いしん坊の古典鑑賞雑録
雷神不動北山櫻 1967年復活上演からこれまでを辿ってみる
2021-05-08 02:55:56
ameblo.jp/madamfabian/entry-12673166111.html

《上映館公式ページ》
京都府京都文化博物館
映画に見る平安時代
Date
2024.5.10(金) 〜 5.31(金)
www.bunpaku.or.jp/exhi_film_post/20240510-0531/
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