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メルシー・ラ・ヴィのyokoのレビュー・感想・評価

メルシー・ラ・ヴィ(1991年製作の映画)
2.9
作品内で時代がちょこちょこ変わり、画面のトーンも白黒、セピア、カラーと色々変わるのだが、時代が変わるのはメタ映画だからなのか、少女の妄想だからなのか、超現実的な何かなのか、分かりづらい。普通は難解であったとしても、難解であるというルールが、リンチでもクローネンバーグでも良いが本人の中には設定されていると思うがそういうものが見受けられない。ので単に女優を愛でるだけの映画になっている。最初は白黒の画面は何か男に酷いことをされているシーン、この世のマイナスのシーン、カラーの場面は映画のシーン、逃避するような夢のシーンみたいにも考えたが、別にそういう感じではない。単に絵に合う色を使ってるだけではないか。

前半のノリだとA24のspringbreakers,あるいはキアヌ逆ハメ、ノックノック、それこそトリアーゲンズブールのニンフォマニアック的な、ワイ女謳歌し男成敗なり的なストーリ(ざっくり)なのかとも思ったが、単に当時1991年流行ったAIDSとナチスを結びつけてこういうものは映画(フィクション)の中だけでいいんだ!と戦争や疫病を絡めて実験映画、社会派ぶってみるも監督の知性と力量が追いついていないそういう映画だと思う。

今でこそゲンズブールの映画としての価値しかないかもしれないが、画面からはもう一人の女優のアヌークグランベール綺麗に撮りまっせ感がビンビンに出ており、確かに綺麗でなんで無名なんだろう?と思っていた。キャリアが続いていればビノシュくらいの女優には慣れたのではないか?前の人のコメントを見ると監督と結婚していたらしく、フィルモグラフィーを見ると映画もこの後も夫である監督の作品くらいとか数本でぱっとしない感じで終わったという印象。家庭に入っただけかもだが。女優としては駄作しか撮れない監督に捕まって終わってしまった印象は拭えない。なんでも出るゲンズブールとは大違いだ。

最初の5分の絵は素晴らしくカートを引くゲンズと花嫁衣装のアヌーク、砂浜とどこか人工的な四角い建物のディストピア。優等生とビッチのロードムービーみたいにするならば名作になったかもしれない。如何せん二人に対する男のリアクションがコメディーチックすぎてきつい。カートに乗ってるカモメとか絶対何も考えてないやろ〜wとにかくナチスが出てきてからの安易さ、冗長性がきつすぎた。ゲンズブールとアヌークに敬意を評して2,9点
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