ねこたす

80日間世界一周のねこたすのレビュー・感想・評価

80日間世界一周(1956年製作の映画)
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原作はSFの父と呼ばれるジュール・ヴェルヌの小説。
技術革新により生活が便利になり、移動手段も増え世界が段々と小さくなってきた19世紀末。国外旅行に行ける人は一握りのお金持ちに限られていただろうし、ましてや世界一周を80日間で達成するという話は十分にSFだったのだろう。

それは第二次世界大戦後10年経過した、この映画が公開された1956年でも似たようなものだったのではないだろうか。飛行機の登場でさらに世界は狭くなったものの、現代のように一般的な乗り物ではない時代にとって、世界の様々な場所を映画館で体感することが出来るのはとてつもない楽しみではないだろうか。

この映画の画面を観れば、嘘じゃないと思ってもらえるだろう。とても50年代の映画とは思えないほどの色鮮やかさ。作り込まれた画面、セットにとてつもない予算がかかっているのはすぐ分かる。
アカデミーで作品賞だけでなく、撮影賞も受賞しているのは納得のいくところだ。おまけに、美術監督、衣装デザインにもノミネートされている。

映画を観ていると、一つ一つの場面が長いことに驚く。正直、まだ続くの?と笑いが漏れるほど。
それは仕方のないところで、いくら世界一周ものとはいえ、ひたすら船の上や移動風景を描いても面白味がないということだろう。ONE PIECEが海賊なのに、陸地で物語が進んだり戦闘したりするのと似たようなものだろう。

それでもその場面が一々楽しいのだから不満はない。気球でアルプスの尾根の雪を掬い取りシャンパンを冷やしたり、いつの間にか辿り着いたスペインでフラメンコを踊る。闘技場で本当に役者が闘牛に挑戦しているところは、手に汗握る場面である。
一昔前の"大作"と呼ばれる作品はその名前通りで、気球で出発するシーンや、バーでフラメンコを楽しむ客、闘技場の観客がすさまじい数のエキストラでその一人一人が楽しんでいる様がフィルムに焼き付けられている。

特に、インドの鉄道から撮られた橋の上にそびえる鉄塔の形の良さが気に入っているところ。
また、自転車や象、馬車のような乗り物をバックショットで撮影するのも実験的だなという印象。

主人公が英国の富豪ということもあり、途中で寄っていくところがスエズ、インド、香港と英国領を拠点にしているところも時代を感じさせる。

そんな香港からアメリカに向かうために立ち寄る、日本は横浜。50年代の日本がカラーで残されているという、映像資料としてもすごい貴重な映画になっている。
かなりの数のエキストラが着物を着ているが、いまとなっては再現するのが難しいと思える程。完全に洋装に移行する前だろう。
そして、若干綺麗に見える鎌倉の大仏。隣の建物(土産物屋?)が木造だ!と新鮮な驚きもあった。
そしてアメリカに向かう船から見える、フジヤマ。なんと美しいことか。

そして、アメリカ大陸横断。一気に雰囲気が華やかになる。訪れたバーでは、何やらベッピンさんが気になる様子。喋るとすぐに誰だか分かる。マレーネの独特のハスキーボイス。
元祖「カメオ出演」の映画ということもあり、様々なスターが登場するこの映画。(自分は全然気づかなかったのだけど…)

3時間近い上映時間があるこの映画だが、不思議と苦痛には感じられない。それは旅する二人がとにかく愛おしいからだろう。特に、カンティンフラス演じる従者のパスパルトゥーが映画の魅力を引き上げている。
女好きですぐに目移りする軽薄そうな男だが、主人の為酒を断ろうとする篤い男でもある。

一つだけ気になったのは、せっかくオチの部分で上がる展開なのにそのまま気持ちよく終わらせてくれないところかなと。そこで観客を焦らす必要性があるのか……?

そんな気持ちを一気に吹き飛ばすなんともオシャレなED。3時間を共に旅した観客ならより一層楽しめるオマケが何より嬉しい。
CG全盛の今でも決して見劣りしない、なんだか心が暖かくなる作品といえるだろう。
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