空の落下地点

過去のない男の空の落下地点のレビュー・感想・評価

過去のない男(2002年製作の映画)
3.1
再生した自信が立ち向かう勇気。
弱者の数は力。

新婚旅行で日本行った?箸使える。
懐かしさを溜めることに意味はある。
出会って、喧嘩して、別れて、意味はある。
彼の肉体は記憶の墓じゃなくて、記憶のビックリ箱。

口下手だったのに、生きようとして必死になったらロックバンドのマネジメントできるぐらいの話術が身についた。

イルマの化粧は、色彩に対しての遠慮が見える。

公式でのバンドはクソだけど、非公式でのバンドは最高。この秘密コンサートのシーンが一番好きかも。本当に良いものは探さないと出会えない。彼らはこの演奏を出し惜しみしたわけじゃない、誰にでも与えるつもりだったのに求められなかっただけだ。

窓に聖母や花を飾り、金庫に閉じ込められてもレイプも泥棒もしない。
金庫に閉じ込められていれば金は無価値な紙の山だ。幸福とは、移動・使用・行為である。
奥さんに捜索願いは出されなかったけど、犯罪者じゃなかった。
フランケンシュタインオマージュ?だよね。入れ替えるほど汚れた魂じゃなかったけど、新しい魂を得た。

「神の慈悲ではなく自力で生きねば」 生きるのは自力、楽しみは恵み。
イルマとかカイザとか接客業の女性たちが、日本やアメリカなどのように過剰な女性性を振りまいてないのが良かった。過剰にニコニコして、過剰に同情して、過剰に話を訊こうとして、過剰に気を遣わせるだけのホスピタリティではなかった。情報を失った相手に、まるで自分という情報を詰め込むみたいなホスピタリティなら要らない。

職があるのに炊き出しに並ぶ図々しさ、最高。これぐらいテキトーな方が信用できるよね、カイザの夫。

顔を隠すのは溶接工の伏線だけど、個人性の剥奪を表してもいる。福祉は、国は、世界は、神は、〈誰でもない〉者まで救えるか。というカウリスマキからの挑戦状だった。

無為に過ごすこと即ち暮らすこと、ではない。豊かさの希求こそが、暮らすことなんだ。私がやりたいのは過ごすことじゃない、暮らすこと。欲しいのは、過ごす力じゃなくて暮らす力なんだと再認識した。
空の落下地点

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