M太郎

機動戦士ガンダム F91のM太郎のレビュー・感想・評価

機動戦士ガンダム F91(1991年製作の映画)
4.0
作画的にもお話的にも突貫工事感めちゃ強いんだけど(特にお話がぶつ切りすぎてキャラの感情についていけない…)、中身は割と詰まっている印象。感情と理性とエゴ。身体と機械。親と子。うーんガンダムだ…。
終盤の艦長代理の「シーブックは私達に道を示してくれます、ガンダムと」という台詞。そこからのラフレシア撃破後のラストシーン。子供に為すべき事を教えられた大人達が最後は子供をちゃんと助けて、その子供は命を助ける、という流れになってて、過程は兎も角着地はお見事。

しかし改めて見てみると本当に困った大人が多い作品だなぁ。ちょろっと出てくるモブ艦長ですら「その程度の犠牲で戦争が終わるなら…」とか言い出すし。今時子供だって色々頑張ってんだから大人もっとちゃんとしようぜ!みたいなメッセージは割と本気で意識して入れたんじゃないかな監督。

入り婿で嫁さんに逃げられて貴族ハラスメントで人格狂っちゃって物の怪と化した鉄仮面大好きなんだけど、肝心のロナ家お家騒動が断片的過ぎて参る。概要しか把握出来ないのでふ〜ん止まり。そのくせお家騒動は割と物語の根本に位置してるのが困りものだ。しかも脳波コントロールできる。

シーブックくん、その名の通りにとても良い子、のように見える。なにせ初出撃初撃破ウワーショック、の次のカットでロナハウスに侵入してる、とかちょっとどういう事なの…。いや母を「やんなきゃでしょ」って諭すのとか、本作以前のガンダム主人公とは一線を画す良い子ぶりではあります。UCのバナージ並みに良い子なんだけど、それって大人にとってありがたい子供って事でもあるので、ウムム。
倫理観崩壊大人第2号コズモさん(1号は若本声の軍人)にオラヤレイケとかヌケヌケと言われた時にプッツンしそうになるけど「…ジジイが」で済ませる所がシーブックたる所以ですよ。初期カミーユだったらガンダムで潰してる。
クソジジイ、くらい言っても良いんだぞシーブックくん。

F91の発進カットより宣伝とかで使われたデナンゲーの発進カットのが出来良かったりするあたり、苦労が偲ばれる。
一方で「ビーム砲撃の雨の中サーベルで斬り合うモブMS」みたいなカッコいいカットがあったりと、うーんバランス悪いなぁ。や、物語の端のほうでチラッと見栄えの良いカットが入るのはガンダムシリーズの恒例ではありますが。めぐりあい宇宙(だったかな?)のGMとか。

あまりにも印象的なF91と鉄仮面を合わせたメインビジュアル。考えてみるとF91も鉄仮面(の体)も人の力を増幅したりセンスを拡張する機械なのだから、同じ用途の機械であると言える訳ですよね。それを表していたのかなぁ。そしてアノー母の「機械は使い方次第」に繋がるのかな。
M太郎

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