まくないと

ウィスキーのまくないとのネタバレレビュー・内容・結末

ウィスキー(2004年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

親から引き継いだ靴下工場を長らく経営する男が、亡き母の墓石建立に際しブラジルから帰省する弟を迎えるに当たり、従業員の女に妻役を頼む。

その理由は語られない。
だが、女は何やら事情を知っている様な素振りを見せる。

妻役を頼んだものの、夫婦らしく装うことに関心の無い男と違い、女は口裏合わせや飾る写真のことなど、気遣いを見せる。

工場の始業の様子を何度も見せる。
それは毎朝、何年も同じことの繰り返し。
男はシャッターを開け、機械を始動し、女はお茶を淹れる。

これはつまり、同じ場面の僅かな違いに気付いて欲しい、という作り手の意図だ。

生来かブラジルに感化されたか陽気な弟に対し、寡黙な兄と地味な女。
見ていく滞在の日々に会話は少なく、心情も読み取りにくい。

だが、この監督は見逃せない仕掛けを施す。
遡って、偽装妻が決まった後のマルタの帰宅場面。
思い耽っている顔を撮り続けるが、その内、彼女はほんの僅か口角を上げる。
決して偶然では無い。もう少し後の同じ様な場面でも同様の仕草がある。
おそらく彼女は妻役をこなす自分を思い浮かべ楽しくなったのだろう。

弟が帰り、また今までと何も変わらない日常が始まると思いきや、そこに女の姿は無かった。

一人でシャッターをくぐり、自分でお茶を淹れる。

話はここで終わる。
女がどうなったのか分からない。

勤めを辞めたのか、そしてブラジルへ行ったのか、はたまた病欠なのか…

エンドロールを見ながら思い返す。

写真を撮る時、腕を組むよう促される。
撮り終わり、振り解くように腕を離す男、それを僅かに気にする女。

夫婦の偽装工作に熱心だったのは、部屋を念入りに掃除したのは、
ただ、弟に疑われない為だったのか。

ここで監督の仕掛けを思い出す。
マルタは妻役を喜んでいた。

妻役も済み、用意されたタクシーで帰宅する。
車窓から外を眺める女の目は潤んでいる。
フロントガラスから見える街の灯りは滲んでいる。

自分には弟に手渡した手紙の文言が分かる気がした。

この素晴らしい物語を書いて撮った監督コンビが、この時、三十歳だったのに驚く。

そして監督の一人、フアン・パブロ・レベージャはこの二年後に自らこの世を去った。

たった三十数年の人生に何があったのか、と全く余計な心配をしてみる。

とにかく見事な作品だった。