うめ

愛を読むひとのうめのレビュー・感想・評価

愛を読むひと(2008年製作の映画)
3.4
 アカデミー賞関連作、鑑賞その2。1995年出版の原作を、『めぐりあう時間たち』のスティーブン・ダルドリー監督が映画化。主演のケイト・ウィンスレットはこの作品で、アカデミー賞主演女優賞を獲得しました。(この時のケイト・ウィンスレットのスピーチは印象的だったなぁ…)

 まず、私がいっつも気になることなのですが…原作がドイツ語で、舞台もドイツ、内容もドイツ特有のものなので、全編英語なのは、どれだけ妥協しても違和感が抜けなかったのですが(新聞や標識がドイツ語なのに英語喋ってるって…気になってしょうがない)、それを言い出したらこの作品観られないので(笑)とりあえずその辺りは脇に置いておいて観ました。

戦後、復興の進む西ドイツ。15歳のマイケルは、帰宅途中に体調を崩した自分を介抱してくれた21歳年上の女性ハンナと男女の関係を持つことに。学校が終わると彼女の家に行き、逢瀬を重ねる。やがてマイケルはハンナの希望で、本を朗読する。ホメロスの『オデュセイア』にチェーホフの『犬を連れた奥さん』、タンタンのコミック…楽しそうに、時に涙を流しマイケルの朗読を聞くハンナ。しかし、ちょっとした口論の後、ハンナは姿を消す。そして数年後、法学部の学生になったマイケルが再びハンナを見かけたのは、ナチスの戦犯裁判の被告席でだった…。

 一度観たことがあったけれど、改めて観るとやっぱりテーマが重い。いや、マイケルとハンナの関係は特別重いという訳ではないのだが、彼らを取り巻く環境や時代が重い。今作を全てドイツ製作にしたら、もっと重くなっていたかもしれない。『ニュルンベルク裁判』や『ハンナ・アーレント』を思い出した。ミクロで見ると、悪い事だと断定もできるのに、集団や社会というマクロになったときにこうも色んな境界線が曖昧に、複雑になってしまうものかと。そして、例え集団や社会の中で誰かを糾弾してスケープゴートにしても、罪の意識がやがて自分に返ってくる…一生解けない問題なんだろうなって思った。

 その裁判で発覚する、ハンナがマイケルに隠していた事実。私は、初見では何故それほど隠そうとするのだろう、明かしてしまえばいいのにと思っていたのだが、今回、その事実がハンナにとっていかに重要だったかがなんとなくわかったような気がした。ハンナにとっては罪を背負うことよりも、その事実が公になる方が恐ろしかったのだ、きっと。そして裁判後、その事実と向き合うように、マイケルはハンナとあるやりとりをする。それは、ハンナにとって救いだっただろう。

 ドイツ語じゃない!なんて不満を感じていたけれど、マイケル役のダフィット・クロス、ロール教授役のブルーノ・ガンツなど、ドイツやヨーロッパの俳優を主要人物で起用していて、雰囲気としてはそれほど違和感がなかった。でも、もちろんハンナ役のケイト・ウィンスレットが主役。やはり、あの大胆な脱ぎっぷりと後年のハンナの老けメイクが受賞へと導いたかと思われるが(笑)、同時に裁判中の憔悴し切った表情など彼女の役者としてのキャリアが存分に発揮された役だったのだろう。

 前半少し説明不足かなぁと思う点があったり、全体的に音楽が主張し過ぎていたりしたのは残念だった。特にハンナの感情が掴みづらく、それ故性的な描写だけが前に出てしまうことがあったのは、もったいない。この作品を観た人がそこだけ印象に残る、なんてことにならないといいのだが…。

 ちなみにケイト・ウィンスレットは今年、『スティーブ・ジョブズ』で助演女優賞にノミネート。若手を押しのけて受賞なるか、注目したい。