天馬トビオ

冬の華の天馬トビオのレビュー・感想・評価

冬の華(1978年製作の映画)
4.5
倉本聰脚本、降旗康男監督、高倉健主演の日本版フィルムノワールの大傑作。三人の映画作りにかけた情熱と愛情、才能が一つにまとまり奇跡のような作品ができあがった。ちなみにこの三人は、三年後の1981年に再度タッグを組んで『駅/STATION』を撮っている。世間一般ではこちらの方が有名で評価も高いようだ。この評価に異論を唱えるつもりはないけれど、ぼく自身は『冬の華』に軍配を上げたい。同じように苦悩し耐える男を演じている高倉健だが、やはり品行方正な公務員(しかも警察官)よりは前科付きのヤクザ者の方がしっくり来るように思うのはぼくだけだろうか。

舞台は異国情緒と野暮ったさがまだ同居していた頃の横浜。青を基調とした画面と、そこに彩りを添える路地に咲く黄色の花。全編に流れるクロード・チアリのテーマ曲。抑えた演技で圧倒的存在感を示す主演の高倉健が秀逸だ。本作をもって、先に記した『駅/STATION』以降の高倉健イメージのプロタイプと位置づけたい。

池上季実子に正体を見破られそうになってドギマギする場面。深夜、ドスにアラミスを塗っては磨き塗っては磨きを繰り返す場面。音楽喫茶でリクエスト曲の誤りを正されて恐縮する場面……。ストイックで生真面目でバカ正直、でもいざ恩義のためならば迷いなく人を刺す狂気を秘めた役を演じさせて、高倉健の右に出る役者はそうはいないだろう。

脚本を書いた倉本聰は、自作の中に意図的に実在する事物を取り込み、登場人物に絡ませることが多い。この映画でも、例えばシャガールの絵画に惹かれる組織の会長、子どもが慶応大学に合格したことを喜ぶ幹部、明治大学空手部崩れのチンピラ、あるいはバーでオロナミンCばかりを飲みまくる下戸の幹部……といった具合。こうやって倉本聰は、深作欣二監督らの実録ヤクザ映画とは一味違う、別の意味でのリアルなヤクザ映画をめざしていたのではないだろうかだろう。金儲けに腐心し乗っている外車を競い合う今どきの幹部連が関西との抗争に踏み切ったきっかけが、カラオケでの順番待ちのいざこざからというのも、作りすぎかもしれないが当時としては「リアル」な展開だったのだろう。

ヤクザ役を演じている役者さんも東映ヤクザ映画でおなじみの安定の顔ぶれに加えて、普段はあまりヤクザ役を演じることのない夏八木勲、峰岸徹、三浦洋一、寺田農らが高倉健と絡んでいい味を出している。後に伝説となる、小林稔侍が体一つで喜怒哀楽を表現した一言のセリフもない演技も素晴らしい。倉本組の常連中の常連、大滝秀治は高倉健の苦労人の兄役を演じ、これまた絶品。また、初めて観たときには女子高校生役の池上季実子に鼻白んだものだったが、「おじさま」を連発する純情娘役も、それはそれでハマっていると思い直した。

それにしても高倉健は何のために「いい人」を演じ続けねばならなかったのだろう。殺した娘の父親への贖罪か、父親のいない娘への憐憫か、それとも単なる自己満足なのか。そして、これからは足を洗ったカタギとして続けられるはずの「あしながおじさん」の役を捨てなくてはならなかったのは、これまた何のためだったのか。

義理と人情を秤にかければ義理が重たい世界から、ついに抜け出ることのかなわなかった男の美学と悲劇――高倉健は常に何かを背負っていなければならず、けっして世間並みの幸せを掴んではいけないのだ。
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