人類ほかほか計画

ツーフィンガー鷹の人類ほかほか計画のレビュー・感想・評価

ツーフィンガー鷹(1979年製作の映画)
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変な映画だった!
変な話!

このころのこういったジャンルの映画はわりとストーリー性とか整合性とか雑なのはわかったうえで観て、それにしても変な映画だった。
「作品」なんかじゃない、ナマモノとしての映画を久々に感じた、感じ入った。ガツンとやられて目が覚まされたような気がする……。

まずこれは後にリンチェイの『ワンスアポンアタイムインチャイナ』シリーズでリブート(?)されたり、ジャッキーの酔拳シリーズがその若き日の姿って設定だったりでお馴染み、伝説の英雄ウォンフェイフォンの映画で、ウォンフェイフォンを戦後すぐからめちゃくちゃ演じたクワンタッヒンという伝説的俳優の、最晩年のウォンフェイフォン映画である。でウォンフェイフォンというのはどういった英雄なのかというと、漢方医にしてカンフーの達人にして獅子舞の達人だったそうな、といった感じの人で、別に何か偉業とかの記録が歴史に残ってるわけでもなく、めっぽう強かったそうな、みたいな、宮本武蔵とか佐々木小次郎とか荒木又右衛門とか上泉伊勢守とか塚原卜伝とか柳生十兵衛とか、そういった類いの人っぽい。日本でいうと幕末の時代の人なのに。
で演じるクワンタッヒンはこのころもうおじいちゃんで、日本の俳優でいうと鞍馬天狗のおじちゃんでお馴染みのアラカンこと嵐寛寿郎なんかが近い存在なのではないかと思われる。おじいちゃんでも貫禄と人間的魅力がすごい。で、この映画ではカンフーシーンもあってスタントダブルを使いながら頑張ってやってもいるんだけど何せおじいちゃんなので、晩年の寅さん映画が甥の満男の話と半分半分になってたみたいな映画になってて、その満男的な役割としてユンピョウが出てて、そういう半分半分映画なのにユンピョウ完全主演映画っぽい売られ方をしてる、って感じの前提がある。

(ちなみにブルースリーやジミーウォングが徒手格闘アクションをやり始める前からウォンフェイフォン映画をやってたクワンタッヒンなので、この映画では徒手カンフーシーンもありつつ、素晴らしい槍(棒術)さばきを見せるシーンが入っており、やっぱりカンフーとはかつて棒や槍が基本だったのだなあということがなんとなくわかる。)

で、お話は。
漢方医のウォンフェイフォンは獅子舞の使い手でもあるので獅子舞の試合でライバルのおじさんを負かす。ライバルのおじさんは本業は京劇(北京オペラ)の劇場経営。
嫁を殺されて頭が狂気の世界に行っちゃってる感じの賞金稼ぎのおじさんが、京劇経営おじさんの元を訪ねて、京劇の一座に紛れるかたちでかくまってもらう。
京劇おじさんはワルだし獅子舞に負けてウォンフェイフォンを恨んでる。そして賞金稼ぎは頭おかしい殺人マシン。この二人が結びついて悪者側。
ユンピョウは洗濯屋で、家の伝統でカンフースタイルの秘伝の洗濯法を身につけている。それが人差し指と中指のツーフィンガーで布を挟んで捻って絞ったりといった技。でもユンピョウは弱虫で、ウォンフェイフォンに弟子入りしようとするが、いろいろあってウォンフェイフォンを怒らせたりする。たまたま警察と格闘になったときにツーフィンガー洗濯の応用で戦ったユンピョウを見たウォンフェイフォンは、それをウォンフェイフォン自身のカンフー(つまり洪家拳?)の「鷹の爪」という技と同じものだから、自分が教えることはないと言う。これがタイトル『ツーフィンガー鷹』の意味。そしてこれが、ユンピョウ実は修行しなくても強いかも、みたいな伏線。
でユンピョウはお守りに首から鈴を下げてるんだけど、その鈴の音が、狂気賞金稼ぎの、妻を殺されたトラウマを呼び起こす。妻は脚につけてた鈴を響かせながら殺されたので、鈴の音を聞くだけでフラッシュバックして襲いかかってくる狂人となってしまっている賞金稼ぎ。なぜか、歌舞伎の隈取りみたいな感じの、大花面という京劇のメイクを顔に施して人を殺しまくる賞金稼ぎ。ミステリー映画みたいなスラッシャー映画みたいな雰囲気とカンフー映画の合体。錦ちゃんの『お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷』とかちょっと思い出さないでもない……。というか『オペラ座の怪人』を意識してるのか。

(その狂人がゴキブリをちぎって食ったり、ニワトリのクビをチョンパしたり、カエルを投げたりといったシーンがあるが、『食人族』でカメを殺して解体するシーンやあるいは河瀬直美の『2つ目の窓』という映画でヤギの屠殺と血抜きを撮ってるシーンがあったけどああいう西洋文明側から野蛮とされるものを映してさあグロいでしょ、とかこの残酷さに目を背けず命について考えましょうだとかそういうドヤ感みたいなものはなくて、わりとナチュラルに香港文化の日常に近いような命に対する距離感って感じで、ぜんぜん嫌な感じがない。単純にゴキブリがちぎれる絵面はキモいけども。ニワトリチョンパなんかはキョンシー映画とかでもちょいちょい見るし、ああいうニワトリチョンパ的なのを見るたびいかに河瀬直美のあれがしょうもなかったかを思い出してイラッとするみたいなとこある逆に……)

で、なんかクライマックス直前に真っ暗な劇場で、狂人が襲いかかってくるホラー調の演出のところで、基本そいつが殺人鬼でそいつ単独の怖さの映画のはずなのに、その狂人に襲われる前に、なんか変な妖怪みたいな、京劇のおばけの衣装を着た人間のようにも見えるけど明らかに分身したり消えたりする、この世のものじゃない敵に突然襲われるくだりがあって、そこがこの映画でいちばん怖いんだけど、謎すぎる。誰だったんだ……。

最後ユンピョウがツーフィンガー拳法で狂人を倒すんだけど、もうヘトヘトのユンピョウが必死に「死ね!死ね!」とかわめきながら、仰向けに倒れた狂人の胸をポカポカ殴ってるうちに遂に狂人こときれる、みたいな後味よくない感じの倒し方をして、ユンピョウも狂人に覆いかぶさってぐったりしてるんだけど、ウォンフェイフォンに「狂人は死んだぞ」って言われて起こされて、立ち上がって「自分の力で倒した!」って絶叫した直後また力尽きてフラッと倒れかかって、ウォンフェイフォンが「おおっ」って感じでユンピョウに駆け寄ろうとするところでストップモーションで「劇終」っていう、カタルシスもなんもない、ただただ「劇終」しました、はい、何か? みたいな終わり方。
カンフー映画のあの敵を倒してすぐ劇終っていうのは、タランティーノが『デスプルーフ』でやってたようなスカッとするような、立つ鳥後を濁さずじゃないけど超シンプルゆえの、いさぎよさゆえの美、みたいなものを多かれ少なかれ感じさせるものだと思ってたけど、そういうのも全くなく、さりげなさとも違う、アンチカタルシスとか、虚無感とか、脱力感とか、そういうのもない、これを見てしまうとそういうの全て野暮に思えてしまうような、究極の終わり方を見た……、ような気がする……、いや別にそうでもないかも……。

とにかくユンピョウが若くてかわいいし、ユンピョウの姉の役で『ヤングマスター』でもユンピョウの姉を演じてたリリーリーも出てるし、殺される狂人の妻の役は『カンフーハッスル』のおばちゃん役で有名なユンチウ(元秋)だし、クワンタッヒンのウォンフェイフォンも見れるし、脇役勢はジャッキー映画やサモハン映画で見る人ばっかだし、ウォンフェイフォン映画なのであのテーマ曲の「将軍令」がバンバンかかるし、ラストバトルで急に、伸びる袖とか、空飛ぶギロチンを仕込んだ帽子とか、ファンタジック系カンフーも飛び出すし、ずっと見応えはある映画だった。『猿拳』や『ドラ息子カンフー』の大満足感とは違うけども……。