おかだ

天国と地獄のおかだのレビュー・感想・評価

天国と地獄(1963年製作の映画)
4.9
営利誘拐サスペンス映画の金字塔


三十郎シリーズから一転、黒澤明監督による現代劇の超傑作「天国と地獄」。
時代劇のイメージが強い彼だが、現代劇、しかもサスペンス映画であっても完璧に仕上げてきた。

ポンジュノ監督も幾度となく自身のベストムービーに挙げ、「パラサイト」においてもその影響を多分に認めた今作は、単なる社会風刺、貴賤の対比構造による問題提起に収まらない純然たる娯楽映画として文句なしの一本だったように思う。


あらすじは、三船敏郎演じる靴製造会社の取締役権藤が、自身の息子と間違えられて誘拐された知人の息子の身代金を要求され、葛藤の末に支払ったところ子供が生還。そこから警察による執念の捜査が繰り広げられる、という大きく二部構成からなっている。

前半は、権藤が在籍する会社内での権利闘争や身代金の支払いを巡っての葛藤などを中心に描いたヒューマンドラマとなっており、ほとんどが権藤邸のリビングを舞台とした長回しの密室会話劇によって紡がれる。
これは一歩間違えれば前半がまるまる死に時間となり、退屈な映画に仕上がる恐れすらある大胆な構成であるが、綿密に計算された登場人物の位置関係や小道具の運動、権藤邸の背景にまでピントを当てる撮影などの工夫により、むしろ誘拐被害に遭う権藤陣営の緊迫感を強烈に描き出すことに成功している。

しかも、この前半パートの細かい仕込み、権藤の苦悩や小道具や権藤邸の景色などといった要素が無駄なく後半パートの作劇に活きてくるというからまったく洗練された脚本であると感心する。


ところで、いくら先述した密室劇中心の構成が上手くいっているとはいえ、これはシネスコのワイド画面でやることなのだろうかという疑問には、前後半を繋ぐ人質交換パートの導入、東海道線列車のショットが応えてくれた。

またここでの、ジャケット写真にも採用されている列車での身代金支払いパートに移ってからは、あえて列車内の映像のみを使うことで、犯人側の視点を排しているが、この部分についても後半で初めて犯人役である山崎努が登場する不穏なシーンのタメになっている。


さて、無事に人質交換を終えてから一転、主人公が仲代達矢演じる警察側へとスイッチし、凶悪犯を執念の捜査で追い詰めるというサスペンス映画としてのジャンル色が顕現する。

後半の見どころも多くありすぎるが、やはりモノクロ映画に一部カラーを取り入れる斬新な演出が施された煙突のシーンやラストの山崎努の演技は圧巻。
あの黒澤監督が圧倒され書き換えたとされるそのラストシーンは、対照的な立場にいる三船と山崎の顔が鏡で重なる演出から、それをシャッターで遮断してスパッと締めてしまう切れ味が何とも言えない余韻を残してくれた。


他にも話したい要素が山ほどあるのだが、収集がつかないうえにそもそもさすがにレビューが出回り尽くしている感もあるのでこの辺りで締めたい。
間違いなくおすすめです。

ところで今作のロケーションとして、貧富の差、天国と地獄の象徴として選ばれたのが横浜。
浅間台とそれが見下ろす黄金町が抜擢されたとの話であるが(実際には黄金町が直接見えず位置をずらしたらしい)、黄金町在住民としては、かつての全盛期バリバリのスラム街を見ることができたという点がある意味で非常にスリリングでございました。
おかだ

おかだ