まさか

情熱のピアニズムのまさかのレビュー・感想・評価

情熱のピアニズム(2011年製作の映画)
4.6
音楽ドキュメンタリー映画には多くの優れた作品があるけれど、本作もその一つ。これからも折に触れて観続けようと思っている、自分にとってとても大切な作品。

ここから先は少しネタバレになるので、気になる人は読まないでくださいね。とは言え、それを知ってしまったからと言って、本作の魅力はいささかも削がれることはないはずです。

この映画の主人公、ミシェル・ペトルチアーニは1962年の生まれだから、生きていれば僕より若い。南仏の小さな町で、彼は全身の骨が折れた状態で生まれ落ちた。百万人に1人の難病で、成人した時の身長はちょうど1メートル。歩くたび、指を動かすたびに骨が軋み、しばしば折れた。

詳しいことは端折るけど、長じて彼は類まれな音楽の才能を開花させ、18歳で渡米。子供のように小さな体で本場の錚々たるジャズメンとセッションを繰り返し、ついにはヨーロッパ出身者として初めてブルーノートレーベルからレコードデビューを果たす。誰も真似のできない機関銃のようなスピードで鍵盤を叩いたかと思えば、次の瞬間、ビロードの手触りを感じさせる深みのあるスローなメロディを奏でた。奔放自在かつ独創的な演奏により、多くのファンの心を鷲掴みにした。

そうした演奏のスタイルは彼の生き方そのものを映していたのかもしれない。日々わずかの時間も惜しむかのようにエネルギッシュに語り、食べ、飲み、常に享楽的に振る舞った。難病を抱えた身長1メートルの天才は、俗人の悩みを持たなかった。そりゃそうだ。彼には、悩んだり悲嘆に暮れたりする時間などなかったから。そしてガラス細工のように脆い骨が折れるたびに、それを笑い飛ばすユーモアのセンスを磨いた。飄々とした風情で我が身の困難を嫌味のないジョークに仕立て、仲間を笑わせた。そのようにして36年間の短い人生を完全燃焼させ、忘れ難い記憶を人々に植えつけた。

太く短く、と言うと浪花節的な響きがあるけれど、ペトルチアーニの人生をどう喩えればいいのだろう。やりたいことだけに全精力を注いで短い人生を駆け抜けたーーそう言うと格好良すぎるか。でもその鮮やかな生き方の背後にあったのは、あらかじめ人生の時間が限られていることを知らされていた者にしかわからない哀しみだったに違いないと思う。優れたドキュメンタリーはたくさんあるけれど、これほど沁みる作品はめったにない。
まさか

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