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ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズのmanacのレビュー・感想・評価

3.0
日本を代表する作家三島由紀夫の生涯を彼の作品を絡めながら幻想的に映画いた作品。
『金閣寺』『鏡子の家』『豊饒の海』は読んでいた方がより面白く鑑賞できると思う。
『豊饒の海』が未読であらすじすら知らなかった自分はそこだけよくわからなかったので、小説を読まなくてもあらすじくらいは抑えておくべきだったと後悔。
ついでに『仮面の告白』を読んでおくと由紀夫の幼少期から青年期までを映画いているシークエンスもより深く鑑賞できるだろう。

死して半世紀、尚世界中の人を魅了し続ける三島由紀夫を描いた作品ではあるが、私は石岡瑛子の美術が目的で鑑賞。
うーーーーーーーーーーーーーーーーん。瑛子っぽくない…。
オリンピック開会式の衣装を担当したり、映画作品でもアカデミー賞を受賞したりと、何かと知名度のある彼女。
そのエキゾチックで荘厳なデザインは強烈な個性を放ち、素人目にも一目見れば「石岡瑛子っぽい!」とわかる程。
元は広告を作成していた彼女の初の映画作品であるからこれは嬉々として鑑賞したのだが、イマイチ期待外れだった。
本作の2年後に瑛子はジャズトランぺッターのアルバムデザインを手掛けているが、そちらは石岡瑛子らしさが全開。映画の次作としては『クローゼット・ランド』になるが、こちらも石岡瑛子の独特の世界観が表現されている。
アルバムデザイン以降彼女の世界観は一貫しているのだが、なぜか本作だけ趣が異なる。
どちらかというと、資生堂やパルコなどの広告を手掛けていた頃の作風に近い世界観だった。
本作からアルバムデザインまでの2年間に何か劇的な転機でも訪れたのだろうか。

しかも。
三島由紀夫の世界観とも若干異なる気がした。
本作は4部構成となっており、それぞれの部にドキュメンタリー調の由紀夫の生涯と作品が描かれる構成になっている。
第一部が由紀夫の幼少期と『金閣寺』。
なぜここで『金閣寺』なのか。
日本を代表する観光スポットの金閣寺が舞台の由紀夫の代表作『金閣寺』が外せないのは分かるが、無理に4部構成で彼の作品を描くよりも素直に彼の自伝的小説『仮面の告白』と彼の生涯をクロスオーバーさせながら描いた方が自然だったのではと思ってしまった。
第二部に使用された『鏡子の家』も何でここで?と違和感。
『鏡子の家』は戦後の動乱期を舞台に、夫と別居中の裕福な夫人鏡子とその周りの人物の生き様を淡々と描いた作品である。
映画ではその登場人物の一人を描いている。
何が言いたかったのだろうか。登場人物の一人だけを切り取って描いたところで、当時の日本の日本の状況も由紀夫の人生も伝わらないだろう。『鏡子の家』の作品感も全く伝わらない。しかも『鏡子の家』は商業的にもさして成功していなかった記憶。海外では知名度があったのだろうか?
由紀夫の青年期とオーバーラップさせるなら、『青の時代』や『禁色』の方が相応しいと思った。
第三部では『奔馬』が描かれておりこちらは由紀夫の遺作『豊饒の海』の2巻目の作品。未読なので使用された意図は分からないが、由紀夫はこちらの最終巻を入稿した日に自決しているため、彼の最期を語るには外せない作品だったのだろう。
自決を描いた作品では『憂国』がある。こちらは商業的にも大成功したと言えるだろう。映画化もされている。切腹の美学も外国人から見たらエキゾチックな価値観だろう。なぜこの作品を使わなかったのか…。ベタすぎるから?
由紀夫の最期は恐らく本人が描いていた理想とはかけ離れたものだったと思う。さぞや悔しかったことであろう(想像)。
『憂国』は軍人のとその妻の自決までの一夜を官能的に神々しいまでに美しく描いた短編である。
卑屈な登場人物と退廃的な世界観が漂う由紀夫作品の中では数少ない健全な精神を持ち合わせた主人公というのも、由紀夫作品の中では異色作と思える。
自死の賛否は別として「理想的な死」ではあるだろう。美しく貞淑で従順な軍人の妻というのも外国人から見れば日本人とは違った捉え方で魅力的に映るだろう。
由紀夫の現実と『憂国』の理想の対比が描ければ、映画作品としても面白そうである。
『奔馬』の部ではほんのり石岡瑛子の面影がチラ見えしてたような気がしないでもない。

音楽も今一つ三島由紀夫の世界観とは異なっていた気がする。
美しい映画音楽ではあったと思うが、由紀夫の世界観は美しいだけでは表せない。

要は私には合わなかったのだと思う。
それは、由紀夫作品の読み込みが足りなかったり、三島由紀夫という人物への造詣が足りないせいかもしれない。
石岡瑛子らしさは感じられなかったが、映像は美しかった。

スタッフはアメリカ人だけど全編日本人キャストで日本語のセリフのアメリカ映画、にも関わらず日本公開されなかった作品、天才三島由紀夫を描いた作品としては価値ある作品。話のネタにはなるかも。
ちなみに、日本公開されなかったのは由紀夫の伴侶瑤子夫人の逆鱗に触れたからである。
由紀夫の死後、夫人は由紀夫の著作権や権威の保護に尽力し、彼の権利や威厳を守るために戦い続けた女性である。
彼の威厳を損なうバイセクシャル説が描かれた本作は彼女の意向に沿わず、日本公開はなされず、長いこと国内でのDVD販売もなかった。
瑤子夫人もなかなか魅力的なキャラクターである。気が強く行動力があり、未亡人となってもなお夫を支え続けた女性だ。彼女の半生でも映画一本くらいできそうだ。少なくともNHKの朝ドラくらいにはなってもよさそう。
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