ねこたす

大統領の料理人のねこたすのレビュー・感想・評価

大統領の料理人(2012年製作の映画)
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まずもって料理を題材にした映画は、その描かれる映像を見て食欲がそそられるかが一番のポイントだ。そういう意味では、成功と言っていいだろう。
長ったらしいメニュー名も、フランス語で聞くとどこか楽しい。
献立の種類が幅広いし、フランス料理が元々宮廷料理として発達してきたことを考えると重みが増す。

田舎で小さなレストランを営んでいた主人公のラボリは、突然大統領の専属料理人に任命される。
冒頭のとんでもないところに来ちゃった感は、国のトップの周りはきっとこんな感じだろうなという裏幕ものとして単純に楽しい。

彼女にとっての料理は言語や、対話に近いものなのだろう。
作った料理が部屋の中に運ばれるギリギリまで付いて行ったり、食べ終わった皿を見て給仕からフィードバックを得ようとする。
下っ端給仕が答えられない中、ずっと味方をしてくれる給仕長のジャン=マルクはどうやって味わったかを即答する、そのプロのやり取りがかっこいい。

そして、その思いは普通では憚られる行為に発展していく。おそらく分刻みの大統領とサシで料理について熱く語ってしまうのだ。ここで、大統領が料理好きということが分かり、尚更熱が入るラボリなのである。
なんだかんだいって、良いものを食べてほしい。その一点に尽きる。

この映画では、料理シーンは描かれるものの大統領が食べるシーンはある一点を除いてない。それが大統領専属という職の重みだろう。小さなレストランではないのだ。

古い郷土料理を再現しようと四苦八苦する場面をテンポ良く描き、映画の明るさを落とさない。
助手のニコラとの通じ合った会話も微笑ましい。

それでも、多くの人間が関わる難しさが彼女のフラストレーションになっていく。

この映画は彼女が大統領の専属で働くというストーリーと、なぜか南極基地で働くというストーリーを交互に進む。
最初は、大統領周りだけで十分だろうと思っていたが、彼女がまた立ち上がる話とするとこの構成も納得がいく。ブルーバレンタインのようだ。

破滅に向かう最中でも、大統領と同じ場で作り、同じ酒を飲み語らう。その瞬間は救われる思いだ。
南極でも彼女の別れを惜しみ、彼女の名前を呼び(名前の呼ばれ方にこだわりを見せるラボリ)、一緒に食べようと誘う。

どこで何を食べるかよりも、誰と食べるかという料理の本質が見えたような映画だった。