みつい

奪還者のみついのネタバレレビュー・内容・結末

奪還者(2014年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

俺の愛車返せおじさんと無邪気な弟属性の青年が旅をする、ロードムービー。
舞台は世界経済が崩壊して10年経ったオーストラリア、って時点でマッドマックスなヒャッハー映画かと思ってしまったんだが、全然まったくそんなことはなかった。彩度の低い砂漠地帯の乾いた景色も、環境音が多くて抑えめなサントラも淡々と、茫洋としていてリアルな世紀末の世界だなと思った。

だいたい、三人組の強盗団に愛車を奪われたエリック(ガイ・ピアース)と、その強盗団の一味で一緒にいた兄から現場で死んだと思われ見捨てられたレイ(ロブくん)のお話。
レイ、一味からはバカって散々言われてるけど発達障がいの節がちょっとあったのかな…歩き方、表情、喋り方もちょっとたどたどしい感じでロブくんが演じている。
怪我してへろへろクタクタのレイがまあ可愛い。ずっと怯えたワンコみたいな眼差しで、お腹すいたって催促したりするし、そりゃあエリックが絆されるのも無理ないよ…
あとこの映画でも「ぶちギレたバディに首を締め上げられる」シーンがあって、ロブくん嗜虐心あおりがちでは…

レイはきっと神を信じてる兄を信じて頼りにして生きて来てしまったから(みんなにバカ扱いされていたし)(中国語も出来るくらいだからバカなんかじゃない…)、赤ん坊みたいに自分の意思がないまま世界に放り出されちゃったんだろうな。あの旅の始まりでレイはある種一度生まれ直していて、旅の途中で沢山成長していたとも思う。
それも全部、包み隠さないエリックから言葉や現実を与えられたからなんだろうな。「お前は兄貴に見殺しにされた」「戦わないと死ぬぞ」とレイに教えるエリックのささやきは悪魔めいてもいる…
レイの体のあちこちに入ったタトゥーも(監督いわくタトゥーのアイディアはロブくんから出たらしい)、らくがきみたいで彼の幼い精神性が滲んでいるような気もする。

エリックは車を取り返す為ならまるで手段を選ばず、孤独に生きてきたせいか、いつ死んでもいいと思っていて銃で撃たれることも撃つことも怖がらない。実際トリガーが軽くてバンバン人を殺す。サイコパスのごとくめちゃめちゃ殺す。
多くは語られてないし本当かも分からないけど、奥さんの浮気現場に遭遇して相手と一緒に殺して埋めたって言ってたから、それからずっと10年間一人ぼっちで生きてきたんだろうな。
そんな自暴自棄おじさんが最初はなおざりにしていたレイに命を助けられて(それもエリックがレイに意思を与えたからなんだけど)、傷の手当てしてあげたりやお店の買い物を助けられたりして「一人と一人」が「二人」の旅になっていく様子がとても良かった。
レイもお金の話したりして、エリックとこれからずっと一緒にいてもいいと思ってたのかもな。

レイのナビで強盗団のアジトにたどり着いて、停まっている愛車を見つけて茫然とするエリックは何を考えていたんだろう。あの段階でエリックは自分の目標を成し遂げていたはずなんだよね。強盗団を殺そうとまでは思っていなかったはず。
兄に復讐したいという目標が芽生えてしまった(芽生えさせてしまった)レイを一人にも出来ず付き添うようにエリックはアジトに向かったようにも思う。

結局、レイは兄に殺されてしまうけど、兄が「弟に何をした?」とエリックに何度も問い詰めるのが切ない。「何もしていない」という答えもまた嘘じゃないんだよな…エリックにそんなつもりはなかった。
兄は兄で彼なりにレイのことを愛していたから、それだけ終盤も序盤もレイの変化にパニックになってしまったというのが分かって辛い。
エリックはレイに「俺をだましたら喉をかっ切る」って脅してたけど、レイが兄に撃たれたのも喉だったというのがなんかこうな…
「奪った命について考えることをやめてはいけない、それは奪った命の代償だ」ってエリックはレイに説いていたけど、この先エリックは殺した兄を手繰ってレイのことを何度も思い出すんだろう。
あの場で兄を殺さないこともエリックは選べたはずなのに、レイの復讐の分も兼ねていたんだろうか。一人で背負うものが増えていくだけなのに。

エリックはレイたちの遺体を集めて無造作に燃やしていたけど、さんざん殺してきた旅路でやっと弔いのシーンが映る場面でもあって。
レイだけは他の人より丁寧に抱き上げていたのも泣けてしまった。
愛車を取り返したかった理由がトランクに入っていた愛犬の亡骸のためだった、というのもエリックにはきちんと人間性が残っているのが分かって辛かった。孤独な10年の間、まったく一人きりだったという訳でもなかったんだな。
お医者さんの家でケージに閉じ込められていた犬たちはレイの暗喩でもあったのかもしれない。「外に放すと食べられてしまうから」
エリックがレイの遺体を埋めた可能性も考えてしまった。大切なものは埋めたい人なのかもしれないから、エリック。
私のアースでは、お医者さんから犬を引き取ったエリックとレイが二人と一匹で平和に荒野の果てで暮らしてる。そんな世界線もあったっていいはずだ…

トレーラーで一部引用されていたイェイツの「再生」(The Second Coming)という詩、
『世界は秩序を喪失して 混沌たる状態に陥っている』
Things fall apart; the centre cannot hold;
Mere anarchy is loosed upon the world,
そのまま世界観のことでもあり、愛犬という秩序を喪ったエリックのことでもあるのかもしれない。かろうじてあったよすがが千切れちゃったような。
The Second Comingはキリストの復活、救世主を指しているみたいなので、エリックにもそういう存在がまた現れることを祈りたくなってしまう。

レイが車中で聞いていたのはケリー・ヒルソン(Keri Hilson)のPretty Girl Rockって曲っぽかったな。(Hey,Siriした)
歌詞がキュートで、ご機嫌で口ずさんでいるレイがとても可愛かった。何故この曲だったんでしょうかね…ありがとう…

これもまた行間クソデカ感情映画で、ロブくんの作品選びに感情をぐちゃぐちゃにされている。
とにかくガイ・ピアースの眼差しの演技がとてもとても良かった。そして、この二人もノーランボーイズなんだよねと気がつき頭を抱える。メメントとテネット。おのれノーラン(愛しているぞ)。
台詞も説明も少ないけど、シンプルで素敵な作品だった。
ロブくんこれからもこういう映画に沢山出てほしい。
みつい

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