クロ

味園ユニバースのクロのレビュー・感想・評価

味園ユニバース(2015年製作の映画)
4.5
この映画は「過去をひきずっている人」の話だと思う。渋谷すばるも二階堂ふみも、背負わなくていいものを背負って生きている。渋谷すばるなんか記憶を取り戻した結果過去に縛られだす始末だし。自分の子供に会いにいったら同じように過去を背負っている人物にあってしまうし。

過去は追ってくるもので、それは変えられないけど、歌を歌うことでそれが一時的に吹き飛ぶ。最後は過去なんか関係なく、「今」笑っている姿を映す。

…いや、これ「マグノリア」じゃん!PTAのマグノリアもまさに「過去をひきずる人たち」の物語で、最後も「今」だけは笑って終わるんだよ。「マグノリア」の終盤にカエルが降る。そのことによって登場人物の人生が何か劇的に変わるわけじゃないんだけど、彼はカエルを降らせることで一瞬だけ登場人物の「過去」を吹き飛ばしたんだよ!この映画でいうところの「歌」はきっとマグノリアでいうところのカエルなんだろう。そう思うとめっちゃ泣けてくる。

自分は「過去」を背負う人たちの物語に弱くて、自分も昔のことを思い出してはくよくよ悩んだり、なんであの時こうしなかったかなあとか考えてしまうからこそこういう話に感動してしまうんだけど、今作は「一度過去を捨てることができたけど、取り戻した結果そこには何もなかった」という主人公の顛末含めてものすごく泣けたんだよなあ。でも一瞬だけでも過去を吹き飛ばしてみせる。それは渋谷すばるの歌唱力無しにはできなかったことだし、そういう要素含めて感動しっぱなしだった。

思えば山下監督の作品の登場人物は、どことなく過去をひきずっている人たちが多いように思う。「もらとりあむタマ子」の前田敦子なんかはなんかもう大学生活でうだうだ悩んだ結果何もしなかったオーラ満載だし、「苦役列車」の森山くんも小説を書きたいのに自分のいままでの生い立ちが「小説を書いて作品を発表する」という夢の足かせになっていたように思うし、過去が今を阻害している人物が多かったように思う。山下監督といえば「ダメ人間」を描くことでおなじみになっているように思うけど、彼の映画の「ダメ人間」に対するやさしさというのは「過去を引きずる人たち」への優しさだったのではないかと思うようになってきた。

完璧な映画ではないと思う。二階堂ふみが指を5本広げるところなんかは狙いすぎなように思ったし、最後二階堂ふみが渋谷すばるを助ける(?)ところなんかは「理屈を越えた面白さ」ってのを狙いすぎてなんだかもやっとするし。いやでも個人的にはいろんなところがツボだったので許せてしまう。

劇中に登場する「古い日記」の歌詞「好きだったけど 愛してるとか 決して 決して言わないで」という歌詞通り、なんでもはっきりと言葉にするわけではない演出含めすごくよかった。特にスイカの種を吹き飛ばすところなんか最高。この映画は「過去」だけじゃなく「気持ち」も吹き飛ばす。どれも言葉じゃ説明しきれない感情がそこにはあるから。その演出のうまさ含めて、個人的に心に残った一本。
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