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黄金のアデーレ 名画の帰還のfernのレビュー・感想・評価

5.0
主役のマリア役のヘレン・ミレンが素晴らしい。

マリアの友達の息子である弁護士ランディ・シェーンベルクの助けを借りながら、

様々な手立てを使って絵画(と言うよりは尊厳)を取り戻す様子が描かれる合間に

オーストリアで過ごしたマリアの幼い頃の豊かな記憶や、オーストリアがナチスドイツの同盟国となりナチスの侵攻を許した後の過酷な生活

両親を置いてアメリカに亡命する場面などが丁寧に美しく描かれます。


著名な画家などとも親交があった名家のゴージャスな生活、マリアのユダヤ式の暖かく愛情あふれる結婚式、まさしく黄金色に輝く毎日が一転して暗黒の中に落ちていく運命の不条理。


ユダヤ人であると言うだけで、人権を剥奪され財産を没収されたり貶められたりする場面は息苦しくなるくらい辛く怒りがこみ上げてきます。

そして、普通の人々が一つの思想に縛られ、一斉にユダヤ人を迫害し残忍になっていく様子を目にして強い力に流され盲動する人間の根源的な心の弱さ思いました。

常に自分の心を省みて正しい道を歩んでいるかを確認しながら生きていく、今この時代には特にそうして生きていかなければいけないと深く心に刻みました。


この映画は、マリアの権力に立ち向かう不屈の精神を描くとともに、少々頼りなかったランディ・シェーンベルクが成長していく様も描いています。

オーストリア政府の審理却下後、ランディ・シェーンベルクはマリアと共にユダヤ人収容所の記念碑を訪れるのですが

そこで亡くなった自分の祖父母の現実に向き合い慟哭します。

その時、金銭のためにマリアの絵画を取り戻すのを手伝っていた自分を深く恥じて、マリアと自分のルーツの尊厳のために戦う決意をするのです。

オーストリアでの辛い思い出が胸によみがえりともすれば消極的になるマリアを奮起させて引っ張っていく、真の大人への階段を昇っていきます。

ランディ・シェーンベルクを演じているライアン.レイノルズの根底にある屈託のない明るさが、この映画の重さを少々軽くする役目をしてくれています。


また、2人に協力を申し出たフベルツトゥス.チェルニン、彼は若いころに自分の父親がナチス党員であったことを知り、それが心の傷となっています。

そして、そのことに常に向き合って罪滅ぼしをするかのように2人を支援します。

夏に観た『顔のないヒトラーたち』の主人公もしかり。

自分はナチスの残虐な行為を糾弾する立場にあって、しかし、自分の父親はその反対の立場をとっていた。

失望、絶望、心の葛藤はいかばかりかと思うのですが、その事に目を背けずに立ち向かう勇気が本当に素晴らしいです。

私達日本国民もやはりそうでありたいと思います。

犯した罪を認めて常に反省の気持ちを持って後の世代に伝え続けることが必要であると思います。


そして、オーストリアに返還を求めに行っても断固としてドイツ語を話さないマリア

故国オーストリアを愛しながらも憎悪する。

気高く強く美しくそして頑固でユーモアあふれるとても魅力的なこの主人公を一目見たら愛さずにはいられません。

絵画が返還されたのちに、このような結果を望んでいたのに、喜びどころか両親を置いてオーストリアから逃げ出した自分を責め深く悔いる場面が特に胸を打ちました。

その事実を直視したらとても生きていくことなど出来なかったほどの深い心の傷、

しかしもう一度それに目を向け確かめることでやっとそれを受け入れて癒されていくのではないでしょうか。

最後にマリア・アルトマンが一言だけドイツ語をしゃべる場面は本当に感動的でした。


インタビューでヘレン.ミレンは、

「資料を見ながら、私が彼女の内面を完全に理解し、彼女の目で世界を見るのは不可能だと思ったわ。
彼女には記憶があって、私にはないからよ。記憶こそが彼女に独自の特質を与えているの。
表面的な所は似せられるわ。髪や目の色なんかね。目の色は私にとって重要だった。
それは、物事を見通すような彼女の特質を表していたからよ。」

と言っています。

完璧なまでの演技を求めるプロ中のプロの言葉だと思いました。
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