しべお

この世界の片隅にのしべおのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.0
すでに私たちのほとんどが想像でしか知らない当時の日常。街並み、配給制度、隣町制度、憲兵の目、かまどで作るご飯、食糧難、見合い的結婚、男女の営み、空襲警報…。時限爆弾や焼夷弾や機銃掃射の恐怖が徐々に加わり、そして呉市にまで伝わってくる原爆の閃光と爆風ときのこ雲。終戦の翌日からは世の中の豹変ぶり。それでも日常は毎日続く。当時を知る人の助言や綿密な時代考証、徹底的な町歩き調査に裏打ちされた丁寧な描写に、ほんわかなのんさんの声、思わず笑ってしまうようなキュートなエピソードや、時に幻想的で精神世界的な映像も散りばめられて。毎日を愚直に真っ直ぐに生きていたすずさんはじめ、市井の人々の生活をタイムマシンで覗いてきた感覚。

結局鑑賞中は一切泣かなかった。でも1日経過すると何かが込み上げてくる。すずさんはじめ、暮らしにくい暗い時代でも日常を精一杯生き抜いた、または不条理にも生き抜くことが叶わなかった私たちの諸先輩へのつきせぬ想いが、切なく愛おしく、脳裏にいろんなシーンが思い起こされ、じわじわと、気付くと涙が滲んでいる。

そして空襲をはじめとした、徐々にエスカレートして日常を覆っていく戦争の恐ろしさ。描写時間はそんなに多くないがひたすらリアル。「みんな普通に暮らしているだけなのになぜこんな怖い目に」という単純な憤りが、観る人の心に反戦への想いをきっと無理なく自然に醸成すると思う。極上の人間讃歌であると同時に、戦争を知らない私たちが、当時の人々の普通の生活を通じてメッセージを受け取れたような不思議な感覚。一生忘れない印象的な作品に出会ったと思う。
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