めばち子

ミューズ・アカデミーのめばち子のレビュー・感想・評価

ミューズ・アカデミー(2015年製作の映画)
5.0
最初『何これ?』って感じで寝落ちしそうになったが、途中からどんどん下世話な展開になって最後は『ウヘー!!』ってなった。
ここに登場する女性一人一人には明確な主体があるのに、それを説く男のほうにはそんなものどうでもいいと思ってるところがあって、ガラス越しに写される彼女たちが時間が経つにつれ、目鼻立ちだけでなく輪郭までもが外の景色に溶け合い、ぼんやりとして誰が誰だか分からなくなることがそのことを象徴している。
ラストの彼女なんてまるで『ラストタンゴ・イン・パリ』の磨りガラス越しに捉えられたマーロン・ブランドのようで、このシーンがフランシス・ベーコンの作品にインスパイアされているのは既知のことだが、本作の彼女もまたただの肉塊にしか見えない。
そう『シルビアのいる街で』もそうだが、ゲリン自身は女性一人一人の個性や主体を認めてはいるが、世の多くの男性は必ずしもそうでないことを彼等の視線を通して描いている。
彼女たちの顔や体、髪の一本一本までもが、一人の人間としての彼女たち自身を表しているのに、男どもにはそれが総体としての『女』にしか見えていないこと。或いは男にとって都合のいい生き物としての『女』としか見ようとしないこと。
本作でゲリンが披露する彼女たちにミューズとしての主体を説きながら、その実教授がやってることの醜悪さの暴露の仕方のは、その底意地の悪さやドキュメンタリータッチの作風からキアロスタミを思わせ、『ミューズ・アカデミー』というタイトルの皮肉さを含め大いに笑わせてもらった。
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