福本敏弘

リップヴァンウィンクルの花嫁の福本敏弘のレビュー・感想・評価

4.5
リップヴァンウィンクルの花嫁〜世界は残酷、だけどシアワセに溢れている〜

90点

国内外でカルト的人気を誇る岩井俊二監督が、長編実写の日本映画としては「花とアリス」以来12年ぶりに手がけた待望の新作。

SNSで知り合った鉄也と結婚することになった地味な派遣教員の皆川七海(黒木華)は、結婚式当日、親族が少ないため「なんでも屋」の安室(綾野剛)に代理出席者を依頼して式を挙げる。
しかし、新婚早々に鉄也が浮気し、浮気相手の彼氏と名乗る男に迫られる。安室の機転で難を逃れる七海だったが、義母から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出されてしまう。
そんな七海に、安室が月給100万円という好条件の大豪邸の住み込みメイドの仕事を紹介する。
そこで知り合った破天荒なメイド仲間の里中真白(COCCO)と意気投合した七海だったが、真白は体調がすぐれず日に日に痩せていく。次第に自由奔放な真白に取り込まれていく七海。
そんな真白にはある秘密があった。
そしてついに・・・すべての秘密が明らかになる日が来る。

名作「リリィシュシュのすべて」で、当時の中学生たちのいじめの実態を生々しく描いた岩井俊二監督らしく、この作品もまた「時代の空気」に満ちている。
SNSがコミュニケーションの主体になり、結婚相手さえもネットで探すことが出来る時代。結婚式の代理親族までも金で雇える時代。雇い主のわからない高額なバイト。悪知恵だけで世を渡るなんでも屋。都会で地味に生きている七海だが、地味ながらもそんな時代の空気を自然に受け入れ生きている。
こんな時代の結婚とは、家族とは、仕事とは、一人の女性が翻弄されながら流されながら、なんとなく(決してしなやかでもしたたかでもなく)生きていく姿を描きながら、普遍的な命題について考えさせられる。

登場する人物や素材は胡散臭いものばかり。B級監督が扱えば、低俗なB級映画になってしまいそうな題材を岩井俊二は独特の「岩井美学」と称されるスタイリッシュな映像で1級の映像作品に仕立て上げている。岩井作品ファンにとっては、岩井美学を堪能出来る作品だ。

作風はあくまでも岩井流自主映画。商業主義に毒されていないピュアな映画を求める人々にはたまらなく魅力的な作品だ。
岩井監督には敬意を持って「自主映画の巨匠」の称号を与えたいと思う。

そういえば、このタイトルの「リップヴァンウィンクル」という名前、どこかで聞いたことがある。という人はどのくらいいるだろうか?
元ネタはアメリカ版浦島太郎ともいうべき古い昔話の主人公の名前だが、映画好きなら松田優作主演の映画「野獣死すべし」を思い出すだろう。あの映画の中で狂気を孕んだ松田優作演じる主人公が、相手の眉間に銃を突きつけ、引き金を引きながら話して聞かせるのが「リップヴァンウィンクルの話」なのだ。
鬼気迫る松田優作の「リップヴァンウィンクルの話って知ってますか?」と語り掛けるシーンは伝説のシーンとして、強烈に記憶に残っている。
当然映画好きの岩井監督、この映画のシーンを思いながらタイトルをつけたことは間違いないだろう。
そこに共通点があるかどうかはわからないが「狂気を孕んだ時代」というメッセージが読み取れる気がする。
福本敏弘

福本敏弘