アベ二ティKazumaAbe

海よりもまだ深くのアベ二ティKazumaAbeのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
4.2
今年の樹木樹林は『万引き家族』で魅せた演技が大変印象的で、故に訃報がより哀しく、重く響いた。そして考えてみれば、話題作であってかなり気になっていた『海よりもまだ深く』を観ていなかったことに気づいた。Amazonプライム・ビデオのリストにあったのを確認して早速観てみることに。

映画の感想と言えば、世間の評と同じように❝何も起こらない、おそらくこの先も何も変わらないだろう〜❞が良い意味で持続する作品だなぁというもので。故に生じる普遍性、味わい深さが目に心地良い。また毎度の是枝作品同様に貧乏臭く、しかし大変美味しそうな料理の数々にはひたすら涎を飲まされる。「こんなはずじゃなかった現実」を抱えながら、何事もないように振る舞う大人たち。そんなうだつの上がらない彼らをそっと温かく見守り、自身も人生を楽しんでいる風であるのが樹木希林演じる淑子、主人公の母親だ。

『海よりもまだ~』では彼女の最大の持ち味とも言える「老獪とは言わずとも、悪気なく~してしまう」といった佇まい、女優・樹木希林が持つロックな一面が透けて見える良い場面が続いていた。演技というか、人間そのものの迫力で観客を引き込む手口…フィクションとノンフィクションの境をどこまでも曖昧にしていく表情にはいつ見ても、何度見ても驚かされるものがある。ふとした時の肩の角度、手先の動きまで正に公園・電車の中で見る老婦人そのもので。尚且つ抜群の存在感なのが凄いなあとただただ思う。

本作での彼女の物語的役割は、現実を悲観し「どうしてこうなっちゃったんだろう」と言ってのける主要人物らの正に先輩格。どこか似たような苦労や失敗をし、または他人によって齎された不幸を嘆く家族らに向かって、「でも、今はこうして笑えてんのよ」と少しだけ、前を歩く身として余裕を見せる役回り。台詞にもあるような諦めた先の幸せを見る親の健気な姿が力強い。

映画が終わりかける時、アパートのベランダで主人公らに向かって手を振る樹木希林の笑顔を目にし、じわっと涙が滲んでしまった。日本随一の女優は確かにこの世を去ったのだ。今は家屋のベランダより遠い所にいる彼女を偲びながら、残されたフィルムを大切に忘れずにいきたい。