百合

パターソンの百合のレビュー・感想・評価

パターソン(2016年製作の映画)
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ドラマとの距離

我々の人生はドラマではない。日々の生活を印づけるのは細々としたレシートや怒りの記憶の山くらいのものである。だからわたし達は本や映画でドラマを求めてしまうのだ。しかし、絶対に映画のヒーローにはなれないわたし達の生活はそれではまったくくだらないものなのか。ニュージャージー州パターソンに住むパターソンというバス運転手は‘くだらない’日常を鮮やかに生きている。
パターソンというとアレン・ギンズバーグの出身地として思い浮かぶ土地だが他にも有名な詩人を輩出しているらしい。そしてまたパターソンもそのひとりだ。彼は決して広く公開するつもりはない詩を紡ぎつづける。妻への愛や街の情景を切り取る彼の言葉を通して、観客達も鮮やかなパターソンの世界を経験することになる。
事物を描写するときにどの程度の解像度で描くかというのは作家が常に意識するところだが、パターソンのマッチの描写には心を掴まれた。パターソンほど微細な眼をもってすればマッチも愛の言葉になる。
ただ作中でも詩の翻訳は‘レインコートを着てシャワーを浴びるようなものだ’とあったが、英語を母語としない者にとって画面に表示された英詩の背景がちらちらと移り変わるのには辟易した。あれ英語圏の人はもっとなめらかに感受できるのだろうか。せっかくの詩なのだからあんなに親切に映像で補完しなくても良いように思う。
こういう決意もドラマもない日々を肯定してくれるような作品は心が穏やかになる。
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