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透明人間のESRのレビュー・感想・評価

透明人間(2019年製作の映画)
4.5
H・G・ウェルズのSF小説『透明人間』を原作とした1933年の同名映画のリブート版。
本作の透明人間はCGではなく、カメラワークや音、演技による巧みな演出で何もない空間に“それ”の存在を浮かび上がらせることで表現する。この潔さが全編に緊迫感をもたらすと共に、後述するテーマにも直結している。

ターゲットへのガスライティングで、周囲の人からの信頼を失わせ、または命を奪い、排除することで孤立させ、精神的に追いつめていくセオリー通りの展開。
本作でそれを行うのは得体の知れない“何か”ではない。透明化するスーツを着たDV男が、恋人を再び支配下に置くために、無秩序に攻撃しているように見せて、すべて計算して実行している点が恐ろしく、現代的である。
象徴的なのが、主人公セシリアが妹エミリーに、自分の置かれている状況を理解してもらい、仲直りしようとレストランに呼び出したシーン。
衆人環視でここなら手を出しようがないとセシリア(と観客)が安心しているところで、人がいることを逆手に取り、エミリーを殺害しセシリアを犯人に仕立て上げる手際に“それ”の狡猾さが表れている。

セシリアが、何らかの方法で透明になった元恋人エイドリアンの存在を訴えても、周囲は彼女の精神状態の心配こそすれ、その話を信じようとしない。
これはDVや性暴力事件の被害者の話を聞き入れず、二次加害する構造にそのまま当てはまる。
原作やそれを基にした過去の映画では、薬によって透明化したのち、狂人化していくいわば加害者の視点で描かれる。
それを襲われる被害者視点にし、現代のモチーフを入れ込んだ設定の時点で、このリブートは成功していると言い切ってもいい。

元々期待値は高く、約2ヶ月の公開延期によって更に上がった感すらあったが、それを超える満足度。
擬似的な密室である劇場で観るホラー映画は格別だ。
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