歪み真珠

淵に立つの歪み真珠のレビュー・感想・評価

淵に立つ(2016年製作の映画)
-
ギルティと同じ日に見た作品にしてはヘビーだった。なぜならこれも「深淵も君の方覗いてるで」案件だったから。だって『淵に立つ』ってそういうことでしょう。見なくちゃいけない。見ざるを得ない。

八坂が豹変するときに喪服のような作業着や洋服を脱いで、赤色の服をみせる演出が印象的だった。煙が目にしみる、じゃなくて赤が目にしみる。映画全編に漂う何かが噛み合ってない居心地の悪い空気は、家族、特に夫婦は血の繋がらない赤の他人同士であるということなのか。
なんでそんなことを相談せずに一人で決めるの?という夫の行動の謎が解けたときは膝を手で打ちながらも余計に気分が悪くなった。なんで自分の悪事の結果を妻と娘にも被せんねん。でもそんな業のようなものを一緒に背負わなくちゃいけないのも家族という関係だからなのかもしれない。不条理だ。

映画がはじまってすぐの母親と娘との会話は「自分のからだを子どもに食べさせる母蜘蛛」についてだった。八坂は信仰心には二つあると章江に話した。
章江がその二つの会話に対して当時自分が言ったこととは反対の行動をしていると気づいたときにぞっとした。言葉に対して責任を持たない章江(でも十年も前の何気ない言葉の責任をとってる人なんている?人の考えは変化するし)と、言葉に異様なほど執着する八坂。
そしてもうひとつ。川辺に寝そべる四人のシーン。微妙に並んでる順番が違う。
章江 蛍 利雄 八坂

八坂の息子 蛍 利雄 章江
これの意味がわからない。映画の中で同じような環境で、同じような並び方で、同じようなシーンを撮るってぜったいに何らかの意味がある、、はず!だが、わからない。メモとして残しておきたい。

脚本がよく出来てるなと改めて思う。人間の心の機微についての伏線ってともすれば都合よくなってしまう可能性もあるのにそうじゃない。
それでも私にはあわない作品だった。あわない映画かつ、深淵案件のものを同日、立て続けに見たので疲れた。運がわるい。
ギルティといい、何故なのか。「深淵も君の方見てるで」タイプが苦手?でもそれだと大好きな羅生門も苦手なはずだよなぁ…

私は粘着質な男の人が心底苦手。八坂の言葉と約束についての執着心は今思い出しても薄ら寒い。
部活の時もねちねちした男の先輩苦手なだったもんな~。これは「ナポリの隣人」の時も感じた。その粘着質男へのゴキブリのような嫌悪感で映画に一瞬意識が向かなくなるから良くない。
粘着質男への嫌悪感、どこから来てるのか考えると思い当たる節がひとつだけある。母から「粘着質な男の人だけはやめなさいね」と何度か言われているから?教育は偉大なり。