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ブレードランナー 2049のsryuichiのレビュー・感想・評価

ブレードランナー 2049(2017年製作の映画)
4.9
“記憶を再現するな 常に新しいものを創造しろ”『インセプション』

監督/ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本/ハンプトン・ファンチャー、マイケル・グリーン
撮影/ロジャー・ディーキンス

リドリー・スコット監督の金字塔SF『ブレードランナー』(1982)の続編。

2049年のロサンゼルス。ブレードランナー【K】はある捜査を任される。次々と浮上する謎…30年前の【デッカード】失踪事件にまで迫っていく…

【ヴィルヌーヴ的世界の鍵】
雪が舞うダウンタウン…赤に染まる砂漠の都市…名匠ロジャー・ディーキンスによる映像世界が本当に本当に綺麗で全シーン息を呑みっぱなしだった。

気候に関して監督がこんなことを言っている。

“気候は鍵だった…一作目は雨のイングランドで育った監督の映画で二作目は雪で育ったカナダ人監督による映画だと言えるかもしれない” birthmoviesdeath.com

ヴィルヌーヴはケベック育ち。ポストモダンなディストピア感を継承しつつ彼ならではの未来像を見事に創り上げている。

【ケイジの憂鬱】
“濡れるなら 泳ぐ覚悟で”『マッチスティック・メン』

Kは仕事を終え帰宅する。まず音楽をかける。フランク・シナトラの「Summer Wind」が流れ出す。
キッチンでは可愛い彼女ジョイが夕飯を作っている。
「今日はどうだった?シャワーにする?ご飯にする?」
なんて幸せな暮らし。何なんだこの野郎。
でもそれは孤独の上に弱々しく成り立っているに過ぎない。今にも消えそうなマッチの火のように。なぜなら彼女はホログラムのAIなのだから。ジョイがディナーを運んでくる。笑顔で見つめ合うふたり。BGMは流れ続ける。

♪Summer Wind
海から吹いて来た夏の風
君の髪を揺らしたり 僕の歩調に合わせたり
行ったり来たり いつまでも
君と歌い 金色の砂浜を歩いた ひと夏
恋するふたりと 夏の風…
君を連れ去った 夏の風…
僕の気紛れな友 夏の風…

この曲は映画『マッチスティック・メン』で二回も流される。
孤独で灰色な生活を送る詐欺師(ニコラス・ケイジ)が生き別れた娘との再会をきっかけに愛を取り戻していく話だ。
愛に実体はない。それが本物か偽物か。男はどうすれば確かめられるのだろう。いつしか娘との別れが訪れる。娘は名残惜しそうに振り返る。

「あたしの名前、知りたい?」
「もう知ってるよ」
「またね、パパ」

笑顔で見つめ合うふたり。「Summer Wind」が流れ出す。
詐欺師の名前はロイ。娘の名前はアンジェラ(天使)。監督はリドリー・スコット。音楽はハンス・ジマー。ヴィルヌーヴはここから引用したのだろうか?答えは風の中だ…

【聖書の引用】
“ラマで声が聞こえる。嘆きと悲痛な泣き声が。ラケルはその子らのことで泣いている…彼らはもういないからである” エレミヤ書31:15

ラケルは英語のレイチェルに当たる。旧約聖書のラケルはヤコブと結婚し、二人の子を産むが二人目の出産時に命を落とす。二人の子の子孫はキリストに繋がっていく。この「ラケルが泣く」は預言的な意味を持つ記述だ。

イエスの誕生後、ヘロデ王はこの子供を殺すと宣言。救世主、王になる者、自分の立場を脅かす者だからだ。しかしたった一人を見つけるのは至難の業。ヘロデは国中の幼子たちを殺戮する。ここで引用されているのがラケルの預言だ。

“ラケルが泣くというその比喩的な表現は,殺された幼児の母親たちの嘆きを表わすのに適切でした。”洞察第二巻P1157

レプリカントの救世主は現れるのだろうか?

【『宝島』引用の意味を考察】
デッカードはロバート・ルイス・スティーブンソンの児童文学『宝島』を引用する。母子家庭の少年ジムが片足の海賊ジョン・シルバーとの冒険を通して擬似的父子関係を築いていく物語だ。そこで思い出したスティーブンソンの詩の一編がある。

『ぼくの宝』My Treasures、間崎ルリ子訳
どこかわからないくらい遠いところで
ぼくらはこの石をみつけたの 白に黄色と灰色の石
寒くて ふうふういいながら
ぼくがうちまで運んできたよ
父さんはちがうっていうけれど
ぼくは これ 金だって信じてる

レプリカントか?人間か?
愛は…記憶は…本物か?偽物か?
夢か?現実か?

答えは堂々巡りかもしれない。でも大事なのは信じることじゃないだろうか。
『インセプション』のコブがコマを振り返らなかったように。
『マッチスティック・メン』のロイが名前を聞かなかったように。
愛のために生きることこそ何より「人間らしい」のだから。

"私だっていつかは必ず死ぬだろう…それでも人生を信じ、精一杯生きる。私にはこれこそ、いくらでも選択肢があるということより大切な考え方なんだ"
ドゥニ・ヴィルヌーヴ、『メッセージ』インタビュー、theverge.com

心の琴線を震わす音響と映像、普遍的な魂の物語、前作への愛、全てが相まって完成した美し過ぎるSFミステリー『ブレードランナー2049』でした。
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