あるてーきゅう至上主義者

わたしは、ダニエル・ブレイクのあるてーきゅう至上主義者のレビュー・感想・評価

4.5
まさにいま作られるべき、観られるべき傑作である。

お気にいり監督のひとり、ケン・ローチの新作という時点で観に行くことは決めていたが、ここまでとは。ローチは社会的弱者、少数者の立場に立って映画づくりをするが、本作はまさにその典型であろう。主人公は元大工で、心臓疾患のために働くことができないダニエル・ブレイク。そして彼が偶然知り合ったシングルマザーのケイティだ。いうなれば、普通に結婚して普通に働けて普通に生活できて…。といった、社会的な「普通」のレールから外されてしまった人たちが主人公だ。

観る人が観れば「自己責任」の一言で片付けられてしまうのだろうが、自分の努力だけではどうにもならない不合理、不条理や社会保障制度の限界が浮き彫りになっている。その中で人と人とが助け合う「共助」の重要性を示した映画であると思う。と同時に「公助」の限界についても、職業安定所での一連のシーンで描かれる。そこで働く公務員たちは決して悪者ではない。職務に忠実だし、ブレイクのためにも最大限の配慮をしていることがわかる。しかし彼らがどれほどいい人たちでも、規則や法律にしばられ、ことに限界があることが理解できる。これは職員ではなく、社会保障制度そのものの欠陥であろう。

そして全編を通じて最も鮮烈な印象を残すのが、ケイティがフードバンクで取ったある行動だ。あの行動を映画的な誇張だと言い切ることは、自分にはできない。自分もケイティと同じ立場になり、あそこまで追い詰められたら、同じような行動を取ってしまうかもしれない。その行動が引き金となって、それまでかろうじて保たれていた彼女の「人間的尊厳」が粉々になってしまったのだろう。だからこそ、直後のケイティの嗚咽には胸をしめつけられた。

このケイティの行動があったからこそ、その後のブレイクの「尊厳を失ってしまったらおしまいだ」という言葉が響く。そしてその後彼が取る行動には、拍手する以外なかった。なにも状況はよくはならない。それでも、尊厳だけは決して失うつもりはないという叫びが聞こえるようだった。その後のラストシーンは比較的あっさりしているが、ケイティの一言一言の重み、そして再び現実に抗い、立ち向かおうとする勇気は強く心に残る。願わくば、ケイティ一家に幸多からんことを。