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ハクソー・リッジのsryuichiのレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
5.0
filmarks試写会

監督/メル・ギブソン『ブレイブハート』『アポカリプト』
脚本/ロバート・シェンカン、アンドリュー・ナイト

『パッション』でキリスト最期の一日を『ワンス・アンド・フォーエバー』でベトナム戦争を圧倒的臨場感で描いたメル・ギブソンの最新作!

【ノーマン・ロックウェル meets ヒエロニムス・ボッシュ】
“観客は理想と愛らしいイノセンスを見せられて、それから地獄に落ちるのさ” メル・ギブソン監督

脚本家によると本作は「設定」と「戦争」の二幕構成らしい。
監督は二人の画家を参考にしたという。

前半は〈ノーマン・ロックウェル〉。軽いタッチで庶民の日常を描き、大衆から愛された「古き良きアメリカ」を代表する画家だ。理想や純真さ、子供心…

世の中そんな甘くないよ、と思う人もいるだろう。そう、こんな「理想郷」にメル・ギブソンがぬくぬく留まるわけがない!

後半は〈ヒエロニムス・ボッシュ〉の出番だ。ルネサンス期のオランダの画家で、聖書ベースの絵を多く残している。これがかなりヤバい。キモい。グロい。罪、堕落、快楽、肢体そして変な生き物のオンパレード。

『ハクソー・リッジ』もウジや腸やゲロに事欠かない。直視したくはないが、甘いお菓子のような前半から一転、強烈なリアリズムが展開される。

ギブソンはこう語る。
“(ロックウェル的世界から)登場人物を別の絵の中に連れて行く。イノセンスの死、地獄(という絵の中)にね”

【ブラじゃないヨ!大胸筋矯正サポーターでもないヨ!】
上映前のトークショーで教授がブッ込んだ本編の台詞「ブラジャーじゃないよ」。これが後々効いてくる、凄いチョイス。
全く異なる前半と後半を繋ぐのはブラジャーだった!納得のPG12指定である。

【批判について】
空気を読まず、足を引っ張っている、といった声がちらほら。

読んだ方がいい戦争の空気なんてあるの?
確かに足は引っ張ってたかも。足の付いた兵士の足はね。

【究極のラブ・ストーリー】
“これは怒りではなく、愛に突き動かされて戦争に行った男の話だ…
その実、ラブ・ストーリーだ…偉大な信仰と愛に生きた男のね”
アンドリュー・ナイト

ナイトはこのコメントの「怒り」に「fury」という英語を使っている。デビッド・エアー監督の戦争映画『フューリー』ではブラピ演じる鬼軍曹が新米兵士に力ずくで銃を持たせ人殺しを叩き込むシーンがある。新兵はそれを経て「一人前の男」になる。でも彼を一人前たらしめたものは?駆り立てたものは?
怒りは現代においても猛威を振るいつつある。

町山智浩著『ブレードランナーの未来世紀』P194でボッシュを愛する映画監督ポール・ヴァーホーヴェンの世界観が端的にまとめられている。
“人は欲望のままに生きる残酷で自己中心的な生物である。皆、無垢の楽園から追放された罪人なのだ”と。

怒り、憎しみ、悲しみ、絶望…これらは強力で、人の心や世界全体の空気を一瞬で虜にしてしまうこともある。でも少なくともデズモンド・ドスという男については、ヴァーホーヴェンは間違っていた。彼は勇気によって地獄を這い回り、信仰によって友の命を救う。その全てに裏打ちされるものは「愛」だ。

“愛は…すべての事に耐え、すべての事を信じ、すべての事を希望し、すべての事を忍耐します。愛は決して絶えません”
コリント人への第一の手紙13章

人が獣と成り下がる地獄絵図の中で、信仰という武器だけを胸に戦った魂の軌跡『ハクソー・リッジ』でした。

【関連作品】
『沈黙 -サイレンス-』
『激動の昭和史 沖縄決戦』

参考
aleteia.org
awardsdaily.com
『ブレードランナーの未来世紀』
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