慢性眼精疲労でおます

ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャーの慢性眼精疲労でおますのレビュー・感想・評価

3.7
サリンジャーの半生記。19か20歳でフラフラし〜creative writingを学んで作家として芽が出そうになったころで徴兵〜トラウマを克服し作家として成功〜隠遁生活入り、までを描く。

時間にすると30年程度を切り取っているのでそれなりに多数の人物が出てくるが、カメラは常にサリンジャーを追い、他の人物を深追いはしないことでテンポ良く物語を進めている。

映画から受けるサリンジャーの印象は、自分を客観的に見ることを好み、地に足を着けようと努力する人。序盤でバーネット教授からなぜ書く仕事を選ぶのか、その理由を聞かれた際には「自分はいろんなことに腹を立てている。でも、書くことでスッキリする」という趣旨のことを言う。スッキリ、とはただストレスを発散する意味ではなく、何になぜ腹を立てているかがわかってスッキリする、ということだろう。とても真摯で好感が持てる。

おそらくこのサリンジャーを観て、不器用な人だと感じる人は少なくないと思うが、僕はその見方を支持しない。劇中でサリンジャー自身がインチキ(phony!)を憎むように、欺瞞がないだけだ。人生の目的が「なるべく摩擦なく楽に生きること」なら不器用だと言えるかも知れないが、サリンジャーの場合はどうもそうではなさそうだ。自分がやりたいこと=書くことをやるためにどうすればいいか考えて、突き進む。その結果として、書くことで収入を得て生活できるようになるわけだから、どちらかと言えば器用だ。

物語をドライブするのは、そんな、ひたすら書くことを続けたいサリンジャーの前に、次々と立ちはだかる問題。短編が書けない、好きな子を振り向かせたい(これはちょっと違うかも)、他人の指示で書き直したくない、戦争の記憶が辛くて書けない、周囲の声を気にせず集中して書きたい、などなど。

問題に気づくと都度他人に相談するのでフィードバックがあり、サリンジャーが行動して解決する。この繰り返しでテンポができている。映画の構成としてはやや単調とも考えられるが、おそらくそれを意識して、合間合間にややインパクトのある場面や映像を差し込んである。前半では戦地と入院中の回想、後半では公園(ウーナと愛を囁き合った、あの!)で暴漢に襲われる、といったもの。

唯一自分で解決できなかったのは戦争。徴兵され、戦地で仲間が死に、また、ナチスの強制収容所を目の当たりにして、傷つき、悲しむ。インチキなのかそうでないかの判断を超えた状況。帰還後、実姉の心無い一言に言葉を失う。バーネットの挑発的な言葉に怒りを剥き出しにする。

そもそも本人が対峙することを望んでいなかったであろう戦争と徴兵という問題については、解決もまた自力ではできず、ただ帰還を命じられるのを待つしかなかった。しかしサリンジャーはそんな中でも自分の分身であるホールデンの物語を紡いでいた。それは書くことへの執念の表れであると同時に、辛すぎる現実からの逃避でもあっただろう。

僕はこれが、戦争がサリンジャーに与えた影響の核心だと思う。もちろん非日常的な体験で深く傷ついたこともあるだろうが、現実逃避を余儀なくされたことで、自分の本音と真っ向から向き合うやり方を一時的に忘れてしまったのではないか、という考えだ。

しかしそのスランプも、他人の助言を受けて、自分の心のわずかな動きを観察することから始めて、やがて乗り越える。そしてより書くことに専心するため、劇中では唯一の友人とも言えるバーネットとの交流すらも断ち切り、最後には出版拒否に至る。出版拒否に至る理由は、スランプに陥って禅マスターのもとを訪れた時の会話にきっかけがあったように思う。

才能を見せびらかしたいから書くのか?それとも?と言う質問のくだりだ。その質問で、サリンジャーは何かに気づく。その後「The Catcher〜」をはじめとするいくつかの作品を書き上げ、出版につながる。そしてサリンジャーにとっての目的は出版ではなく、ただ書くことへと回帰していく。

【所感】
実は僕は恥ずかしながら(まだ)サリンジャーを一冊も読んでいないので、著作のセリフを引用しているのであろう部分の原典や、著作を通して伝わるのであろうサリンジャーのデフォルメされた人物像の手がかりもないまま、本作を観た。それでも十分に楽しめた。

【出演者について】
僕の大好きな映画の一つ、「シングル・マン」で印象的な役を務めたニコラス・ホルトが主演していて、画面が華やかで良かった。髪型のせいか、もともと前歯が長いこともあるけど、ときどき要潤に見えるところも変わっていなかった。ルーシー・ボイントンを見るのはボヘミアンラプソディーぶり。やっぱり美しい。ボイントン演じるクレアがサリンジャーのロリコン疑惑をイジッていたのが気になったのであとで調べると、サリンジャーはクレアと離婚したあとで随分年下の女性達と懇意にしたようだ。なかなか細かいとこをついてる。

【その他について】
サリンジャーの着るスーツのラペルがずっと太かったのに、最後にドロシーへ出版をやめたいと切り出すシーンではナローラペルになっていたあたり、その時々の流行を踏まえてるんだろうなと。

あと、その時にドロシーが「publishing isn't everything」って言うの、良かった。それまでにたぶん2回「publishing is everything」って言うんだけど、この時にはサリンジャーがもう出版を必要としなくなったんだってことをちゃんと理解してるんだなってわかる。

【余談】
2回目に劇場で観た後、その足で紀伊国屋へ向かい「The Catcher〜」を買った。村上春樹版。

【備考】
2回鑑賞 2019/02/16二回目

【追記】
2019/03/31村上春樹訳を読了。青い。主人公に20歳頃の自分を重ねて耳を赤くしながらも、今も自分の中に残る青い部分が刺激されて腹の底から熱が湧き上がる感じがする。村上春樹独特の言い回しがサリンジャー由来なのかたまた脚色なのか確認するために野崎訳と原文も読む予定。