YukiSano

スタンリー・キューブリック ライフ・イン・ピクチャーズのYukiSanoのレビュー・感想・評価

3.5
映画史上最高監督のフィルモグラフィーを振り返るドキュメンタリー。

キューブリック好きには機知のことが多い話だが、それでも幼少時代のフィルムや娘たちとのホームビデオが見れて心が暖まる。

全作品見てないくせに自分はキューブリックが大好きで、好きすぎて見ることをためらってしまう(意味不明)。2001年宇宙の旅は10年に1度はリバイバルに行く程度にはファンだ。

彼は色んな神話があって神経質だとか容赦ないなど、様々な鬼伝説があるが、実は心の温かい人なんじゃないかと思っていた。あそこまで冷たい映像と皮肉を込めながらも愚かな人間を愛する神の眼差しを感じずにはいられなかった。そこら辺が家族や仕事仲間の証言から少し垣間見えた瞬間があった。

またキューブリックは究極の無思想映画を撮る人で完璧な器を作るが中身は空っぽで、その中身を我々観客が想像することによって、至高の芸術作品が出来上がるという相互作用があると思っている。

何度もテイクを重ねるのは、人間をどう演出すれば良いのか分かってないのではなかろうか、と常々疑っていた。彼は映像と撮影は完璧にイメージできているのに人の心は全く何も分かってないアスペルガー症候群のような性分ではないかと思う。

今回トム・クルーズの証言で、シドニーポラックが「どうしたら良い?」と聞いたらキューブリックが「分からないから、とりあえずやってみて。」と指示し、「次はゆっくりやってみて。」と言って直し始めたらしい。

この晩年のエピソードと、若い頃の完璧なイメージを持って挑んだ話を合わせると、彼は初期は映像に合わせた演技をさせていたが、ある時から他にないマジックを得るために自分でも分からなくなるくらいテイクを重ねて狂気に近いくらい俳優を追い詰めて新しい「何か」を追い求めたのが伺える。

それほどに他の誰とも違うものを作ろうとしたのだろう。ただし、どのエピソードを聞いても思想的な信念の話はなく、こだわりと完璧主義についてのみだった。

普通の凡百の監督ならテーマや思想について語るし、巨匠たちは信念を持っている。でもキューブリックにはそれらがない。彼は訴えたいことがないのではないだろうか。

それなのに、あんな超傑作を作るという謎。

というか、だからこそなのかもしれない。

彼の作った器は完璧すぎて、どの時代のどんな鑑賞者にも耐えれるように作られてある。それは思想を入れない、ジャッジしない、結論付けない、とすることで何時の時代の人間でも己の判断で見られるようにしているからだ。

博士の異常な愛情もコメディにしたのは100年後の人からしたら冷戦など笑い話だろうという視点からだそうだ。

完璧なバランス感覚と、全く肩入れしない無情さ、そして徹底的に無思想映画として感情を間引いたら、賞味期限が無期限になるという不思議。こんなに夢中にさせてくれる監督はなかなかいない。

そろそろキューブリック全作品を見るのを解禁し、彼の他のドキュメンタリーも見まくりたくなった。
YukiSano

YukiSano