あるてーきゅう至上主義者

ムーンライトのあるてーきゅう至上主義者のレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
3.9
いわゆる人種差別、分かりやすくいえば黒人と白人の間の溝を描いた映画は少なからずあるが、本作は黒人と黒人の間の溝であり、黒人社会の中における生きづらさと苦しさを三部構成で描いた作品である。

そして見終わってから、しみじみ「ムーンライト」というタイトルが沁みた。昼間のような明るい世界ではない。かといって真っ暗闇の中にいるのではない。空のどこかにある月の光を頼りに、苦しい現実をどうにか生きていく主人公の姿が心に残る。それは幼少期の麻薬社会と孤独の中で生きていく中で、それでも生き方の指針を示してくれる心優しき麻薬の売人であり、青年期の同性愛にただひとり理解をしめしてくれた友人が、主人公のシャロンにとっての「ムーンライト」だったのではないか。

しかし、その光が当たるのはあくまでも夜でしかなかった。だからこそ、シャロンを支えてくれた売人とも、青年期に出会った友人とも、どうにもならない理由で別れざるをえなくなる。そしてシャロンを支えた「ムーンライト」が失われた後の第三部のシャロン。そこで描かれている彼の姿はまさに、どれほど金があり、どれほど豊かでも、結局は逃れようのない厳しい現実の中にシャロン自身が取り込まれ、その中でただ孤独に生き続けている姿だ。彼がほんの一瞬でも彼らしく生きられた時間(その時間がいずれもタイトル通り、「ムーンライト」とともにある)は失われ、彼自身のムーンライトを孤独の中で追い続けてきた。その救いようのない悲しみが、彼のラストシーンのひと言の中に凝縮されていた。

この作品に作品賞を与えたアメリカの映画人の良識に、敬意を表したい。