ゆい

ライオン・キングのゆいのレビュー・感想・評価

ライオン・キング(2019年製作の映画)
4.3
アニメの英才教育を受けているので、きちんとディズニー、ジブリで育った私だけれど、多分いちばんたくさん観たのはライオンキングだ。
VHSで文字どおり、擦り切れるほど観た。
シンバがハクナマタタを口ずさみながら少しずつ大人になるシーンで必ず「シンバがおとなになるよー!」と両親を呼びつけて、ティモンとプンバァが虫を食べるシーンを見て昆虫食に興味を示したりした。
観ては巻き戻し、巻き戻しては観て、両親には気が狂ってると思われ、両親の気も狂いそうになった、ライオンキングは私にとって多くの子どもたちにとってのアンパンマンのような存在だったのだと思う。

当然、劇団四季も見にいってるのだけど、なんだろうな、やっぱり今回の映画は格別だった。

アニメそのまんま、という批判は、本当に無意味だ。
最近のディズニーは、アニメのリメイクをするときにかならず価値観のアップデートをするよなぁ。それは、世界を引っ張るアニメーションをつくる会社として、正しい正義だと思う。だけど、このライオンキングでそんなものを入れてこなかったのもまた素晴らしい。
だって、テーマはサークルオブライフだ。プライドランドの命の輪は、私たち人間の価値観が変わろうと、変わってはならないもの。
ナラはフェミニストになる必要はない。なぜならナラはずっと、シンバより勇敢で強かった。

パブロフの犬のように、音楽が流れるたびに泣いた。
すべてのストーリーを知り尽くしていた私は、このあと起こる展開を思い浮かべてまた泣いた。

夜明けのサークルオブライフ。またここに戻ってくる、何度でも。
ムファサが、シンバに星を語る夜。シンバ、この言葉を忘れるなと思った。
ラフィキがシンバの顔をなぞる。大丈夫、また戻ってくる。
ハクナマタタ。シンバを生まれ変わらせてくれてありがとう。
ナラと愛を感じたとき、あなたはだれなの?とラフィキがたずねたとき。大事なのは、他人の価値観を変えることではないのかもしれない、と思った。
変わりゆく社会のなかで、私はどうしても、どこか義憤に駆られて正義と思うものを振りかざしてしまう。
だけど、それはものすごく無意味なことなのかもしれない。自分が何者なのかわかっていることが、いちばん大事なのだ。

閑話休題。
最近のサバンナは、ぜんぜんサークルオブライフじゃないんだって。
増えすぎた人間って、そろそろ淘汰されるべき、って最近けっこう真剣に思っている。私たちは、命の輪から外れすぎたんだね。

そして、私はディズニー愛好家としてメンケンを愛しているけど、やっぱりライオンキングはエルトン・ジョンでよかった、と思うのです。
ゆい

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