山浦国見

恋のしずくの山浦国見のレビュー・感想・評価

恋のしずく(2018年製作の映画)
3.8
酒をテーマに作られた映画は数多いが、日本酒造りをテーマに作られた映画は大変珍しい。また、原作無しの完全オリジナル作品と言うのも、現在の邦画では最早、絶滅危惧種だ。監督は、完全オリジナル作品に拘り続ける、瀬木直貴。

「カンパイ!世界が恋する日本酒」にしろ、「一献の系譜」にしろ、ドキュメンタリー映画であり、フィクションの興行映画と言う括りだと、「恋のしずく」以外には「酒蔵」くらいしか思い浮かばない。やはり稀少な存在に違いない。

確かにタイトル通り、恋愛がメインだが、きちんと酒蔵の後継問題、販売シェア率、業務提携話などの、経営上の葛藤も折り込まれ、ただの甘ったるいラブストーリーとは違うところに好感が持てる。更に三島由紀夫の「橋づくし」まで絡めてくるから油断ならない。ラストシーンも、まるで「旅情」のオマージュのようで赴きがある。良いか悪いかは別にして。

主演の川栄が、どこにでも居そうな女の子のルックスなので、逆に良かった。また、小野塚も「ああ、こういう若旦那いるよな」と言う風貌なので、違和感はあまりなかった。また、思ったより演技が確りしていて、大杉との丁丁発止も自然だった。因みに本作が、大杉漣の遺作でもある。

主題歌も、出演者関連で、AKBやEXILEあたりのJ‐POPをぶっこんで来るかと思いきや、和楽器バンド細雪が採用され、雰囲気を壊さない配慮がされている。

2017年10月20日、クランクイン。前日には、西条町西条の御建神社で安全祈願祭が行われた。瀬木直貴監督以下、出演俳優、製作スタッフたち約50人が参列し、厳粛な雰囲気の中、宮司による祝詞が読み上げられた後、瀬木監督や出演者たちが玉串を供え、撮影の安全と成功を祈願した。

撮影場所である西条は、県の主要地域・商業圏の都市では無い。しかし、沢山のエキストラ・ボランティアスタッフなど、無償でありながらも楽しみ、喜び、自ら進んで携わる人々が多く参加し、その熱量たるや想像を越える程だったと言う。

話は少し脇に逸れるが、撮影では編集作業がスムーズに行われる様に、カチンッと音の鳴る拍子木とショット情報を記載するボードから出来ているカチンコという道具が有る。監督の『よーいスタート!』『カット!』に合わせ、1カットごと、カメラ前で最初と最後にカチンコを鳴らす。これは簡単に見えるかも知れないが、実は重要かつ経験を必要とする作業。監督の『スタート!』の合図でカチンコを鳴らした後は、素早くカメラに見切れず、邪魔せずのギリギリの位置に待機し、監督の『カット!』と共に「尻ボールド」と呼ばれるカット終わりのカチンコを再度鳴らさなければならない。

約1,000ものカットから成る1本の映画において、仮に毎カット最初と最後の1秒ずつを無駄にすると、NGカットも含めると1時間以上テープを余計に回す事になる訳で、テープ代はもちろん、テープチェンジ・バッテリーチェンジ、編集に至るまでを考えると想像以上に無駄な作業を生んでしまう。

だが瀬木監督は、撮影終盤、キャリア5・6年くらいの助監督にチャンスを与えた。彼はアタフタしながらも一生懸命カチンコを鳴らした。瀬木監督にとって、目先を考えれば自分の首を絞めるこの抜擢も、経験を積ませる為と言うのは勿論、一番地味でしんどい仕事を頑張ってくれた労い、褒美の気持ちだったのかも知れない。

瀬木組にはアジア・ヨーロッパ圏の国際色豊かなスタッフや女性スタッフも多い。また、東京のスタッフだけでなく、京都・太秦のスタッフや、現地スタッフもいる。この全体の絶妙なバランスや空気感が、名バイプレーヤー・小市慢太郎や10年プレーヤーの蕨野友也に『こんなに和気藹藹とした楽しく穏やかな現場は初めてでした。』と云わしめたのだろう。

監督曰く、
「映画は人の手で“作るもの’と考えていましたが、本作で映画は“生まれる”ものであることを実感しました。スタッフやキャストの奮闘、旅情豊かな風景、関係者の期待、様々な要素を混ぜ合せても映画は出来ません。目には見えない、はっきりと認識できない何かが作用して映画になる。それを見守るのが監督の役割でした。生まれるものには意味があります。本作には西日本豪雨で被災された酒蔵、鉄道、田園風景が登場しています。単に楽しい作品ではなく、この時代に必要な映画という使命を帯びている気がします」。

だが、順風満帆に撮影終了とは行かず、例えば4月6日に、俳優の青木玄徳が、強制猥褻致傷容疑で逮捕され、上映が危ぶまれたり、更には17年10月20日午前8時20分頃、広島県東広島市の国道で、「恋のしずく」の撮影クルーの男女6人が乗ったワゴン車が、撮影用の衣装を運ぶ途中、ガードレールを突き破り、道路脇の約5m下の雑木林に転落したと言う事故も発生した。幸い、運転していた男性(27)を含め、全員病院に搬送されたものの、いずれも軽傷だった。

このようなハプニングやトラブルもあったが、何とか撮影終了し、上映に漕ぎ着けた。

恋のしずくのテーマは日本酒、それも地酒。劇場でじっくりとその土地に想いを馳せながら、五感でしっかりと楽しみたい…。そんな映画だ。

私は酒は体質で呑めないけれど。
山浦国見

山浦国見