そう

真実のそうのネタバレレビュー・内容・結末

真実(2019年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

お洒落な脚本だなあ。

というか台詞の伏線がしっかり回収されているからそう感じるのか。

故人であるサラをマクガフィンにして展開される「今」を生きる人々のお話。越えて行かなければならない壁としてのマノン。女優としてメラメラ燃え続けるファビエンヌ。観た後心が温かくなる映画ですが、同時に生命力を感じる作品でした。生き様ですよね。

是枝さんのドキュメンタリーを見てから観たから撮影時のエピソードも踏まえて見れて良かった。

ドキュメンタリー、本編と劇中劇、全てが1つの映画になっている。それは自分の文章力では簡潔に語れないので見てください。3つがリンクしてくる感覚を経て、スクリーンに映るこの大女優の佇まいに震えます。映画制作と映画それ自体は同じものなのかもしれないと思えます。

映画は1つの架空の現実を作らなければいけない商売なので、少なからず現実の生活を犠牲にすることになると思います。そんなものは要らない、あるいは端から無いもんだと思って取り掛からないと作品世界に入ることが出来ず弾き飛ばされてしまう。それほど厳しい世界なのでしょう。

でも人間だから寂しいと思う事もある。そこのところを本人の口から語らせず第三者に「寂しそうだったよ」と言わせ、お婆ちゃんの誕生日を祝う家族を気にする仕草で見せる。洗練された演出です。

窓越しの庭の枯木を見たとき何故か是枝映画だなあと思った。彼の作品にそういうシーンがよくあるのかも知らないし、そもそもそんなに是枝作品見たことないのに。まあ季節感を出そうとするところに日本映画っぽさを感じただけかもしれないけど。

フィクションを作る人間の姿勢としてある、「作り物の中に真実がある」を素直に伝えようとしている。名優の力を借りて。難しいことだと思うけど、これだけの役者が揃えばそれが出来ると確信したのかもしれない。偽物を作っているわけではないし、何かの真似事のつもりもない。その矜持をぶつけている。

日本的に言えば本音と建て前。世の中に溢れる芸能人の自伝本なんて嘘ばかりなのかもしれないですね。

本音を言えば毒舌と評されるこの世界。でも本音しか言えない女優がいるからこそ映画は作り物という枠を超えられるんだと思った。映画に真実味を持たせるのは役者だ。

「女優」という漢字は面白い。優しい女と書いて女優。サラのように優しいのが女優か。ファビエンヌの如く厳しいのが女優か。

学生時代古文で覚えた「やさし」という日本語。おそらくあれがこの言葉の起源だろう。現代語の優しいとは少し違う。いくつか意味があるが当時は「優美だ」という意味で覚えた。上品で美しい。内面の優しさではなく見た目の美しさを表現した形容詞だ。現代語に訳せば単に「美しい女」となる。だが見た目が美しいからといって中身も美しいとは言い切れない。恐ろしい魔女かもしれないんだ。
そう

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