おかだ

37セカンズのおかだのレビュー・感想・評価

37セカンズ(2019年製作の映画)
4.7
アイデンティティとしての37セカンズ


評判が良かったことと、上映スケジュールがちょうど噛み合ったことから何気なく観に行った、大穴枠としての本作。

早速結論から言うと、どストライクで最高の一本でした。


産まれたときに37秒間、呼吸が出来なかったことで脳性麻痺を患い、手足が自由に動かせないという障害を背負っている主人公のユマ。

実家でやや過保護な母親と暮らしながら、漫画家であり友人のサヤカのゴーストライターとして日々生活を送っている彼女の、とあるきっかけで起こった出来事とそれによる変化を描いている本作は、大きく2パートに分かれているような構成。

前半は、障害を持ちながら東京で生活することの大変さ厳しさを真正面から突き付けられるシーンの連続で作られていて。

まずいきなり母親に介助されながらの入浴シーンをモロに見せられるという、目を覆いたくなるようなキツイ描写にハッとさせられる。
一見、親の愛を感じる暖かいシーンでもあるが、同時に成人女性がここまでされないと入浴すらできないという、かなり辛い描写。

でまた、シェークスピアを読み聞かせながらマヤのハンバーグを細切れにするさり気ないシーンや出かける時のワンピース着たい問答など、一つ一つのシーンからこの親子の関係性と、ユマが感じる息苦しさを過不足なく映し出していく、めちゃくちゃよく出来た前半戦。
過不足なくっていうところが重要で、文字通り過剰でも不足でもなく、120分の限られた時間の中で必要なシーンだけを的確に繋いでおり、確かな手腕を感じずにはいられません。

で、そこからあのふざけた成人誌の編集部での編集長のやりとりがあり、マッチングサイトで男たちと会っていくあのシークエンスの可笑しさと、笑い事じゃないような厳しさのそのバランス感覚も非常に良い。
あの映画館でのすっぽかされシーンも見てられないほどキツいけど、現実問題そりゃそうやんね、っていう。
そしていよいよ転機となる夜の新宿徘徊パート。

あそこのアドベンチャー的なハラハラ感と高揚感は本作の白眉やと思う。最高に良かった。

障害者にもある意味分け隔てない、良くも悪くもプロな夜の街連中の顔ぶれがとにかく良くて、そしてついに、車椅子おじさんと共に登場するあの頼り甲斐あるアネゴ&介護士好青年ペア。
同じ車椅子でもそんな生き方もあるのかと、グッと世界が広がって、ここから物語が一気に進んでいく後半パートへ。

後半パートはとかくユマの世界が広がる、これまでの狭く厳しい東京生活とは全く違う生き方が提示されていく。

その上で必然的に、やや過敏な過保護母親との衝突があって。
ここでの衝突の契機が、性への関心であるという、自立への一つのイニシエーションとしてかなり普遍的なテーマを取り扱っていることも、のちのポイントになってくる。

ハラハラの病院脱出パートを経て家を飛び出したユマが、父親やタイにいる双子の姉に会いに行くべく、今度はロードムービーへと展開していくこの脚本の転がし方もいかにもお見事。

この辺で個人的に本作のキラーショットやなあと思う場面が二箇所ありまして。

一つは介護士のサトシくんの家で、父親探しの決意表明をするあのシーン。
薄暗い部屋と、今作で象徴的に使われていた赤と青の鮮烈なバックライトによる幻想的な雰囲気がたまらない。

そしてもう一つが、やっぱり双子の姉との最後の会話。
双子の妹がいる事を知りながらも、障害者であるという事実が怖くて連絡しなかったと告白する姉に対して、「もう怖くないですか?」。

この一言が本当に全てで。
障害者であっても、抱えるハンディキャップを除けば他の人たちと何ら変わらないと。
そんな当たり前のことを、改めて言われないと気付けない自分みたいな観客にもモロにぶっさ刺さる、これ以上ないシーン。


そしてサトシくんに、本作のタイトルでもある自身の出生の37秒間の話をし、障害を抱える原因となった事故でありながらも同時に、改めてそれが自己を自己たらしめている事実なんだと、認識して前を向いたユマ。
帰国後は母親と和解し、そしてかなりイレギュラーな形ではあれ自分を狭い檻から放ってくれる契機をくれたあのアダルト編集長に挨拶し、晴れやかな表情とともにエンドロールを迎える。


感動するとか、そういう感情ももちろんながらまさに背中を押してくれる、元気をくれる最高の作品になっていたと思う。
誰しも、もしあの時ああだったら、自分がもっとこうだったら違う人生だったのにと思う瞬間があるし、でも逆にだからこそ今の自分を自分たらしめてるという認識も持てる訳で。

単に障害者を扱ったドキュメンタリーではなくて、アイデンティティの発見とか、自分のモチベーションの再発見だとか、非常に普遍的なテーマをしっかりと見せてくれる誠実な一本に仕上がっておりました。
そして、なによりも、明確な意図を持った色使いやカメラアングルなどによる純映画的なショットの積み重ねによって作られた圧倒的な映像表現に驚いてほしい。
めちゃくちゃオススメです。


余談として、近年の新進気鋭女性監督による傑作邦画ということで、去年鑑賞した大好きな映画、「ブルーアワーにぶっとばす」を若干思い出しました。
もっとこういう作品が大々的に宣伝されるようになるとええのにな
おかだ

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