おーくら

37セカンズのおーくらのレビュー・感想・評価

37セカンズ(2019年製作の映画)
5.0
 映画を観る前の自分には、もう戻れなくなってしまった。そう感じさせてくれる映画に出会いたいと思って映画を観ているのだと思う。この映画は自分にとってそういう映画になった。
 ラストにかけて、障害を持つ主人公の自分の世界がどんどん広がっていく。その様子を目の当たりにして、実は狭い世界に生きているのは健常者も同じであると感じた。健常者の世界がまるで世界そのものであるかのような錯覚の中で生きているが、健常者の世界は健常者の世界でしかないのだ。そのような眼差しで世の中を見ると、いかに自分が想像力がなかったかを思い知る。今まで普通だと思っていたあれこれは、実は自分にとっての普通であり、この社会は改善しなければならない事で溢れていると気付く。
 「性」と「障害者」はどちらも日常から切り離されている存在である。これは人間の遺伝子に刻み込まれた本能の作用に因るところが大きい。それ故に「障害者の性」というものが、日常から切り離され、そして社会から切り離されてしまうのは、ある程度仕方ないのではないかと思ってしまっていた。しかし、これらを理性によって社会構造の中に受け入れる事は可能である、あるいはそうあるべきだと思う。本能を克服して理性のもとで社会の枠を広げ、今まで社会から切り離してしまっていたものを包摂する、それが本当の意味での社会の発展だと思う。
 障害者が障害を持っているのではなく、健常者が障害者の障害になっているのだと言うことに気付けば簡単なことである。


 物語であるからこそ受け取れるものがある。情報ではなく、体験を共有させてくれる。そしてこの映画体験は、非常に個人的な体験であり、言葉を介して共有することは叶わないけれども、ここにその断片だけでも残しておければと思う。
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