KEKEKE

ハイ・ライフのKEKEKEのレビュー・感想・評価

ハイ・ライフ(2018年製作の映画)
5.0
- 生殖の神秘に近づこうとした結果宇宙に行き着いてしまうのはキューブリックの時代から巨匠の宿命なんだろうか
- 冒頭主人公が船外作業の過程でレンチを落としてしまうシーン、浮遊感の一切ない宇宙空間が新鮮に映る
- 直後その描写は血塗られた石を井戸に落とす回想シーンへと重なり、さらにその石はかつて彼が殺人を犯した際に使われた凶器であることが後に示唆される
- 一連のシーケンスで起こった2つの現象の一致は主人公に罪の記憶を想起させ、その思考はけたたましい泣き声によって赤ん坊がいる宇宙空間へと引き戻される

- このオープニングが切実で美しく、さらに作品の所信表明的な重要な役割も果たしていると思った
- というのも本作品は宇宙空間を舞台にしているのにも関わらず、人工重力を発生させているという設定上無重力描写は殆ど描かれることはなく、宇宙船特有の絶体絶命のピンチをクルーが力を合わせて乗り越えるなどの描写もない凪のSF
- 宇宙という舞台設定は殆ど縛りやメタファーとして機能するのみで、基本的には密室空間での登場人物達の行動を淡々と描写することに徹する
- つまり一般に期待されるような商業的SF作品ではないということだ
- だから状況説明は最低限に留められており、科学的考証や設定の細部もおそらく重要視されていない(諸々の危うい描写は尚のこと、計画自体が流石に杜撰だしコストを考えるとリスクとリターンが釣り合わなすぎる)

- しかしSF作品らしい振る舞いとして、本作では宇宙空間という不自然な舞台装置に登場人物たちを置くためにその動機となるミッションが用意されている
- 他作品で例えばそれは資源の確保、隕石衝突の回避、新たなハビタブルゾーンへの移住だったりするが、本作でクルーらに課されたミッションは"ペンローズ仮説を立証すること"そしてもう一つ"宇宙空間での生殖を成功させること"だ
- 結果的に前者はラストシーンで結果が明らかにされないため不明、後者は多くの犠牲を払い達成する

- ここで重要なポイントは彼らが死刑囚もしくは無期懲役の罪人であること、そしてこれが地球への帰還が不可能なミッションであるという点である
- ドゥニは宇宙空間に新たな監獄を創造し、そこに何が起こるのかを観察した
- 明確な答えが用意されていないため、私たちは宇宙に孤立した男女の行動と結末から心理と寓話を読み解く必要がある(なんか自分の整理のために書いてたら死ぬほどながくなっちゃった泣)

- 彼らが地球から飛び出して相互通信も帰還すらも不可能な旅に出ることはつまり、それまで適用されていた規範の外へ放り出されることと同義だ
- 規範を担保していたのは社会であり、人間が社会的動物であるが故の倫理であるはずだが、宇宙空間ではそれを破ったとして咎める社会が存在しない
- この宇宙船内で行われた人体実験は、少なくとも本人達の口から漏洩することは決してない
- つまりこれまで彼らが置かれていた監獄とは一線を画する、ここに宇宙空間の倫理が適用される新たな監獄が誕生する

- 新たな監獄では当然の如く人体実験が行われ、その目的は宇宙空間で生殖を成功させることだと物語が進むにつれ浮かび上がってくる
- それらの描写は非常に生々しく、目を塞ぎたくなる場面も多々あるのだが、ここで私たちが直面するのは、新たな監獄の構造が地球の監獄と殆ど変わらないという事実だ

- 元死刑囚あるいは無期懲役であったクルー達は地球の監獄からこの宇宙空間へと連れてこられたのだが(船長はどうだっけ)、彼らにとって状況の改善は何一つ起こっていない
- 行動や食事の制限、生活もコントロールされ、何より死ぬまでここに閉じ込められる
- 人体実験は地球の監獄で死刑囚に課せられているような生殖の禁止ではなく強制であるが、生殖の自由を奪われるという点では共通している
- 彼らにとっては塀から船へと場所が変わっただけなのに前者は倫理的で後者は非倫理的に思えるのは何故だろうか

- ここで浮かび上がってくるのがタブーの存在だ
- 主人公が赤ん坊に「パパ」の次に教える言葉が「タブー」である
- もし赤ん坊がこっちを指差して「タブー」と言ってきたらめちゃくちゃ怖いが、この宇宙船では最も重要な概念のひとつになる
- 地球から一方向に発射した宇宙船の規範は、お互いに生き残るためのルール(とミッションを達成するためのルール)が最低限あるのみで、地球上での倫理やタブーは失われる、というか守る必要がなくなる
- ミッションを達成するためのルールも帰還できないことが判明した時点で彼らにとっては形骸化するはずだ
- だからこそその環境で自分を自分たらしめる何かが必要になる
- 自由を制限され倫理が失われた上で尚、自分の輪郭を保つためのもの、それがタブーだ
- 主人公にとっての禁欲はこの監獄で自分を失わないために設けたタブーのようにも見える
- 最終的に子をもうけたボイジーとモンテは最後まで生殖を拒んだ2人だ
- 皮肉にもこの物語では、娘と取り残された父として彼自身がタブーな存在になってしまう
- タブーが失われた世界でこそ寧ろその存在が際立つ、何故必要なのか?そもそも必要なのかどうか?

- オープニングで宇宙空間に放り出されたレンチのように、この宇宙船は広大な闇へと投げ出された鉄塊であり、その先に救いなどなかったはずだ
- 主人公にとってその間の生に意味などなかったはずなのに、犯されたタブーによって希望が生まれてしまった
- そしてその希望はさらなるタブーの可能性でもある
- もしミッションが達成された場合人類の存続にとって大きな一歩となる
- この作品は地球上で犯されているタブーの存在を詳らかにし、現在の繁栄が誰かが飲み込んだタブーの延長にあることを示唆している
- そして子宮の中で起こる奇跡、またはそれを取り巻く社会の現実を表現するのに、地球に存在する材料では到底足りないので、だから監督は宇宙へとそのイマジネーションの材料を捉えに行ったのだろう
- なんかもっと書きたいことあったけどつかれたのでおわります
- 独特で類似がない、かなり面白いSFだった
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