ゴロクロ

運び屋のゴロクロのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
4.1
この映画のアール・ストーン演じるイーストウッドは、自作のではなく、他作の歌を実によく歌う。運び屋としてのつとめをまっとうするため、かの国の北から南へ、南から北へ、ピックアップ・トラックのステアリングを握るアールは、カーステレオから流れる懐メロを、口ずさんでいる。

『もっとゆっくり生きろよ。俺みたいに人生を楽しめ』!

アールのセリフ通りの彼のふるまいは、周りに影響していく。果たしてジュリオとサルは、アールにあわせて思ず、ユニゾンしてしまうからだ。監視するはずが、感染することに。

アールがリンカーン・マークLTのステアリングを執るたびに、楽しい音楽が、歌が流れてきて、劇中何度も(数えたら7回も!)アールは口ずさむ。ジュリオやサルと同様に、観客の私も口ずさんでいる自分に、気付かされるという具合になっている。

事業の失敗で家財を失ったアール。ないがしろにした家族からも見放され、悲壮感のかたまりになっても、おかしくない状況なのに、アールはまったく逆で、ひたすら楽しむことに徹しているように見える。

3度目の仕事では、積荷の中身を確認してしまうのだけど、それがコカインと知ったあとでも、今日この時間を楽しむ態度は、以前と変わらず、ブレることがない。

コカインの運び屋となった以上は、待ち受ける結末は死か投獄・懲役のいずれかに違いないのだけど、だからこそなのだろう、アールは楽しむことに手を抜かないし、失ってしまった家族との温かい関係を取り戻すために、全力で自身と他者たちと向き合う。

90歳の、運び屋。という言葉から私が想起するのは、悲哀や悲壮感といったイメージだけど、アールはどこまでも、自由で軽やか。

アールが、インターステーツの上を愛車で転がしながら口ずさんだリリックが、のちに死の床にある元妻メアリーと交わす言葉の睦みあいに、再現されている。

ソロがデュエットに昇華した、驚きと喜びよ!

私は、死ぬまでに何度この映画を見るのだろうか。