アキオ

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のアキオのレビュー・感想・評価

5.0
映像で「雑誌」を楽しむと言うコンセプトが新鮮。各記者と編集長との出会いや関係性を追ったスピンオフ作品が出ることを思わず渇望する。編集長から彼らへの愛情を感じたが、彼らから編集長への愛を感じるシーンをもう少し垣間見たかった。
人文科学の全てをジャーナリスティックな観点で「文章」を媒介として2時間堪能する映画。それは音声と彼らの記憶映像を中心に追体験することになるが。
まず、ストーリー展開が美しい。先述した通り、「雑誌を頭から読むこと」を前提に鑑賞するべきだ。その上で、各コーナーでの執筆内容を「テーマに対する著者の情熱」を感じることを主眼に置いた話をまとめた映画として理解して欲しい。彼らの主観や猪突猛進な純粋な探究心から構成される「文章」を映像に変化させているため、分解・翻訳することが出来ないと情報が多く、理解が追いつかなくなってしまう。

ストーリー展開は、編集長の急逝により廃刊となるが、あくまで編集長の意向を汲んで、あえて特別なものとせず、普段の雑誌と変わらぬ内容に追悼の意を付加して追悼号とする。この展開が素晴らしい。これは編集長の記者達への愛情と敬意、そして彼らから編集長への最大の配慮とはなむけなのだろう。

映像面での演出も抜かりない。常にカメラと映像、芸術と言うものを意識したものとなっていて、視覚に訴えかけるものを感じる。映像美についての評価が高いのも頷ける。画角を意識し、その全てを活用した映像展開は言葉を失うほど素晴らしい。セットの作り込みは異常だ。シチュエーションと場面展開を意識したセットの可変機構はまさに「動」を意識しており、演劇的な技法が活きていることを実感した。今更セット数に言及する必要はないだろう。回想に対する再現度の高さにフォーカスして欲しい。
さらに、舞台演劇とは真逆のセットの効果を最大限引き出すキャストの配置は正にカメラの画角を意識したレイアウトである。映像と言うプラットフォームを常に意識した場面の運び方も素晴らしい。点である場面一つ一つを常に次の場面へと繋げることを前提とした置き方をしており、映像と言うプラットフォームのメリットを最大限活かした材料となっている。これ以上は、自分の語彙力を越えた概念に対し、言及することになるため言語化することが出来ないことが悔やまれる。これは自分の目で見てその完成度の高さを体験して欲しい。まさしく、演劇に近いカットではあるため好みが別れるとは思うが。
色彩の加減も絶妙で、内容を引き立てる配色なのが心地良い。過去作のブダペストやダージリンのような「映像」に注目させる淡さと鮮明さを両立させた微妙な不快感はなく、濃淡加減が適度なアクセントとなって「内容」に集中できる配色は見事だ。全体的に情報量が多くなることから、枕となるシンプルな場面は、あえてモノクロとすることで、脳への負荷を抑える配慮もある。色彩が戻った時のセットの美しさのギャップにやられる人も多いのではないだろうか。照明の明度についてもニュアンスが愛おしい。
演者の演技も圧巻であり、人物の心理描写を視覚的に分かりやすく表現できている。次への展開を想像させる演技に引き込まれることだろう。

解像度が高くなった現在の撮影機材でありながら、画角隅々までクリアに写ることのデメリットを感じる作品もあるが、この作品に関しては各面において妥協がなく、スクリーン全面に一切の無駄がない。

そして音響面も臨場感ある演出がされており、機器や環境を再現した出音となっていることからシーンに没入感を持たせている。是非音響設備が整ったシアターで視聴して欲しい。これを妥協してしまうと勿体ない。

余談ではあるが、気になる点が2点あった。
1つはアニメーションの使い方だ。これは評価が分かれるのでは無いだろうか。個人的には各話の終盤の運びをスピーディーなものとする、脳への視覚的な情報量を軽減する為、監督の作風である直線的な映像から来る無機質さを補う為の雑誌的な要素としての転換などを感じ納得したが、アニメーションとして挿入する意図が掴めなかった。あれだけの映像美であるなら、最後までその良さを最大限享受していたいと感じた。そのため、むしろコストカット面での後ろ向きな理由なのかと勘ぐってしまった。もっとと思う心を掻き立てるトリックにまんまとハマってしまったのであろうが。比較するにもコマ単位でのコストがどれくらいのものとなるのか認知していないため、見当違いであったら申し訳ないが。
もちろん、アニメーションの美しさについては文句の付けようがなく、暖かみのあるタッチにシンプルな配色であるため、情報をコンパクトに摂取することができる為、十分効果的であると感じた。
2点目が毒殺描写だ。毒についての言及があったが、化学的観点から分析しても、塩化物と言いながら、辛さと苦さ、カビと油脂を両立させるものなど存在する純物質など存在しない。まず上記の風味から塩化物ではない。つまり無機化合物ではない。とは言え、有機化合物だとしてもあれだけの少量摂取で致命的な毒性を発揮する劇物の複合物をどのように調達し、調合したのかは疑問である。

100分尺でありながら、雑誌1冊分の情報と記者の熱量を収めた作品となっている為、情報量が多く、処理しきれない人が多いのではないだろうか。各芸術の要素が多く取り入れられているが、一つ一つに向き合っている暇もない。自分は1回で全てを吸収する気持ちで作品と向き合っているため問題ないが、それが不可能な人にはフォーカスする部分を分けて、複数回視聴することでその全てを堪能し尽くして欲しい。
アキオ

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