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クイーン&スリムのnetfilmsのレビュー・感想・評価

クイーン&スリム(2019年製作の映画)
3.8
 クリーブランドのある夜、スリム(ダニエル・カルーヤ)は初デートにもかかわらず、値が張る高級料理店ではなく、勝手知ったるファミレスを選ぶ。そんな彼のエスコートに不満ありげな表情のクイーン(ジョディ・ターナー=スミス)は頼んでいたのと別の注文が来て、更に機嫌を損ねるのだ。アメリカの片田舎のどこにでもあるような平凡な初デートの風景は、どこまでも普通に幕が開く。男はそんな彼女を大らかに見つめながら、今夜は帰さないと言わんばかりだが、女にそんな気持ちは毛頭ない。気まずい空気が車中に流れる中、突然後ろからパトカーがサイレンを上げながらスリムの車の後ろにぴったりと付けるのだ。今作は昨今の『Black Lives Matter』問題を題材とした映画だ。退屈なはずのある日の風景はサイレンの不穏な音で不意に始まり、2人の運命すらも残酷に変えてしまう。それでも今作が『俺たちに明日はない』やそのフォロワーとなる逃走映画と一線を画すのは、2人が共に黒人同士であり、恋人同士ではないということだ。お互い最初は嫌いな間柄ではないが、恋愛に発展する要素はどこにもない。スリムはクイーンを最初から見初めるけれど、恋愛の選択権はいつだって女性にあり、クイーンはどこか頼りないスリムの視線を軽く交わすのだ。だが彼女に身の危険が迫ったことで男は思わず拳銃を発砲してしまう。そこから2人は全米中の注目の的となるのだ。

 逃亡のきっかけはシリアスで真に残酷なものだが、その後の2人の逃亡劇はどういうわけかそこまで切羽詰まったものにはならない。オハイオ州のクリーブランドからニュー・オリンズへ。2人の州を跨いだ逃走劇はいまスタートしたばかりなのだが、追手となる警官たちの追跡は心なしか大変緩く見える。同僚の弔いを本気でしようものなら普通は1時間以内に州境数か所に検問を張り巡らし、人海戦術でローラー作戦を決行するものだが、2人は州境を易々と突破していく。監督の意図するところは追走劇に重きを置かず、各ポイントで出会った人々との交わりの中で、黒人・白人双方の思いやイデオロギーを浮き彫りにすることだろう。そうやって彼ら2人を『Black Lives Matter』の渦中に置くことで、白人のヘイト問題や警察官による横暴、はたまた銃社会としてのアメリカの病巣さえも浮き彫りにしようとする。2人を匿おうとする者、見つけても逮捕しようとしない警官、あるいはTVを通して見つめる2人を偶像視し、過激な運動へと加担していく少年。映画は虚像の中の2人を見つめることで、アメリカ社会に根深く残る憎悪を素描し、やがて憎しみは悲劇の連鎖を生む。一見シリアスで崇高なドラマだがその反面、今作には穴も多い。警察の捜査体制の不備を筆頭に、逃亡途中でSEXし始める2人の行方は傍から観ても心配になる一方だ。加えて『Black Lives Matter』の発端が無抵抗な黒人を銃殺したことだとすれば、誤射を問題の中軸に置いて良いのかなど挙げたら際限がない。しかし今作を観ながら、改めて個々人が深刻な問題をしっかり考える端緒にはなるはずだ。
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